「200字の書評」(319) 2022.5.25
こんにちは。
晩春と初夏が交互に訪れる、落ち着かぬ空模様です。近くの田んぼでは伸び始めた苗が風に揺れ、隣では植えたばかりの苗が水面から背伸びをしています。
お変わりありませんか。知床観光船の事故は、飽和潜水という手段で沈没船とその周辺の捜索がなされ、引き揚げ作業が進められています。未だに行方不明者は発見されず(国後島では2名が漂着していますが、詳細は不明)家族のもとには帰っていません。一日も早く戻れることを望みます。一度引き上げた船体を再度沈没させた由。プロの仕事としてはお粗末とは思いますが、海は人間の思惑通りにはさせてくれません。
ウクライナでは戦闘が激化しています。隣国に避難していた方々の一部は帰国し始めているとか。まだまだ砲弾やミサイルが飛び交う中です。安寧な生活が確保できるよう願うものです。国際政治とは無情なものです。虚実入り混じった情報が拡散されていますが、徐々に明らかになっているのは、一方的な勧善懲悪では話が見えにくいということです。プーチンは大ロシア帝国ないしは旧ソ連の栄光を夢想し、ウクライナ側にもロシア系住民への抑圧などの陰があり、アメリカにはロシア弱体化政策があるようです。強力な兵器供与による米ロ代理戦争ではなく、平和を贈りたいのです。このままでは食糧危機も現実化します。
さて、今回の書評はジョン・ダワーに再挑戦です。ようやく下巻に到達しました。当たった資料の膨大さと付された注の詳細さに圧倒されました。なお、上巻は3月10日送信の(314)で取り上げました。本書を通して読むと過去から連なる現代という歴史の重さが迫ってきます。
ジョン・W. ダワー「戦争の文化 パールハーバー・ヒロシマ・9.11.イラク(下)」 岩波書店 2021年
日米戦後史を俯瞰する歴史家は、下巻で日本への原爆投下とイラク戦争を厳しく批判する。敗戦が必至の日本への原爆投下は、米ソ対立を見越した力の誇示であり、不必要と断ずる。開発をした研究者の多くもその被害の深刻さに、姿勢を変えたという。イラク戦争こそアメリカの力を過信した傲慢さと、ブッシュの知性欠如であり、戦後統治策を持たずアウトソーシングを前提とした新自由主義がそこにあった。今振り返るべき歴史である。
★沖縄のことを二つほど★
(その1)
5月15日は沖縄の施政権が日本側に返還されてから50年、ようやく米軍の占領からの脱却です。メディアでは特集が組まれていました。ドキュメンタリー番組を観ていたら、地元のミュージシャンが「沖縄を返せ」の歌を「沖縄へ返せ」と歌っていました。 ハッとしました。若いころには何の疑問もなく「沖縄を返せ」と歌っていたことを思い出します。でも、沖縄の歴史上、15世紀初頭から独立した琉球国だったのです。明の冊封体制に組み込まれていました。それが1609年の薩摩藩の侵攻、さらに1879年の琉球処分によって日本に併合されました。だから琉球人に返せというのは正しいのかもしれません。
(その2)
私が上京して大学に入学したのは1965年です。絵にかいたような地方出身の学生でした。社会教育研究会というサークルに入りました。そこの3年生に石垣さんという女性がいました。大柄で存在感のある、独特な雰囲気を持っていました。沖縄の石垣島から来ているとのこと。夜行列車で上京した北海道人としては、何と遠い南から来ているのだナアー、と思った程度でした。無知でした、当時は米軍統治下です。パスポートを所持し、ドルを円に換えて大学に来ていたのです。ほとんど話をした記憶はありません。今にして思えば、率直に現状と思いを聞いておけばよかった。沖縄を返せと叫んだ声の、空虚さに悔悟する今日この頃です。
【皐月雑感】
▼ 山口県阿武町の誤送金事件。驚くと同時に、あり得る話かなとも感じました。問題点はいろいろ指摘されていますが、呆れるのは役場の対応の遅さです。迅速に口座凍結や差し止め請求などの手が打てたはずです。
もう一点、自治体職場の体制の脆弱化です。採用抑制で職員体制が整ってはいないのでしょう。これはどの公務職場でも同じで、財政難と公務員バッシングにより人員削減と外注が進行しています。国地方を問わず、公務員の必要数確保と常勤化が急がれます。幸い9割ほどは回収できたとのことですが、職員体制の充実は大切です。
▼ 常勤化ではもうひとつ問題点です。理研や大学などの研究機関での任期付き研究者の雇い止め問題です。相当数の研究者が職を追われそうとのこと。基礎研究はすぐに成果が出ません。無駄とも思える地道な実験、試行錯誤の過程にヒントが潜んでいます。ノーベル賞受賞者からの警告もあります。まして文系の研究者は言わずもがなです。日本の研究水準の低下は深刻です。それが加速しそうです。
▼ 22日にバイデン大統領が来日しました。引っ掛かるのは着陸したのが横田基地だということです。言うまでもなく、そこは米軍基地、日本であって日本ではありません。独立国を訪問する外国元首としては、その国の表玄関に降り立つのが礼儀です。前任のトランプも横田でした。彼に礼儀を求めるのは無いものねだりです。それ以前は羽田だったはずです。この一点でも日本は独立国と思われていないことは明白です。右派の皆さんこそ国辱として、怒りの声を上げるべきでは。岸田首相はバイデンに阿り、同盟関係の強化と軍事費の増額を約束しました。1200兆円を超す債務を抱えたこの国に、防衛予算を聖域化する余裕はあるのでしょうか。
▼ ウクライナからの避難民は1000人を超えました。故郷を追われた人々に、できるだけの支援をするのは当然です。同時に民族、人種によって差別があってはなりません。自国で抑圧され救いを求めて来日したミャンマー、シリア、アフガニスタン、アフリカ系などの人びとを難民として正当に扱うべきと考えます。入管の人権意識の低さと差別意識に怒りを感じます。
<今週の本棚>
伊与原新「オオルリ流星群」角川書店 2022年
45歳、中年の坂で惑い始めた高校の同級生たち。昔の文化祭での小さな事件の想い出が、さざ波を立てる。クラスの秀才で変人気味だった天文研究者が帰郷し、自力で天文台を建てる企てを始めた。はて、若き日の引っ掛かり、今の生活と昔の夢などの絡み合いは、如何に進行するのか?久しぶりに、ほのぼのとした読後感に満たされた。
山田敏弘「プーチンと習近平 独裁者のサイバー戦争」文春新書 2022年
ウクライナ戦争が市民生活を破壊し、泥沼化しそうなこの時期に、見えざるサイバー戦が展開されている。背後のサイバー戦争はまさに陰の空中戦であり、戦いの帰趨を決するのは情報戦であるのかもしれない。大国同士の情報戦の熾烈さは覇権をかけてであり、関連産業も国益または私益に徹している。私達の個人情報もまた、サイバー空間で取り込まれているのだろうか。スマホ、パソコンなどが不気味に見えてくる。著者は紙文書の方が盗まれにくいと、皮肉を加えている。
マスク着用が緩和されました。コロナが終息し、安全が保証されているいるわけではありません。周囲の状況と自身の体調を考えあわせて要不要を判断するべきと思います。
先日数か月ぶりに電車の乗りました。ほとんどの人はマスク姿です。警戒心があるのでしょうね。お互い気をつけましょう。