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【短編小説】転職をこじらせて~最終話~

のどかな商店街の街角に位置する小さな書店のスタッフ募集。
時給950円~(※働く姿勢によって評価し、時給UPしていきます。)
書店員経験は問いません。
本が好きな人、読書沼に浸っていきたい人、立ち寄ったお客様に合わせた対話ができる人、本の世界を伝えていくことに意味を感じている人、本の世界で新たなチャレンジをしてみたい人などなど。
興味のある方はぜひ、DMからお問い合わせください。

書店いろは店主より

この投稿が、たまたまインスタをスクロールしていたときに目に止まった。

別にこの書店のアカウントをフォローしていたわけじゃない。
それなのに急に流れてきたこの投稿が気になってしまって、私は思わずその書店のアカウントページを開いた。

2023年創業。
幼い頃から通っていた商店街の街角の古本屋が閉店するという話を聞きつけた私が、どうしてもとすがりつき、そのまま気が付いたら本屋の店主になっていました。

説明文はそれだけ。インスタ以外に他のSNSをしている気配もない。
いくつか投稿はあったけれど、どれも本の紹介ばかりであまり店舗の様子がわからない。

すぐさまgooglemapを開く。
店舗自体は簡単に見つかったものの、最近開店したばかりなのか、口コミは1つしかない。評価は4。おそらく店主本人の投稿なのかもしれない。そんなことを思った。更新できていないのか、ストリートビューは以前の古本屋のままみたいだった。

インターネットにも検索をかけてみたが、ひっかかるのはインスタのアカウントだけだ。

仕方がないので、もう一度、インスタのアカウント画面を開く。
いくつか、本の紹介を記載した投稿があった。
ほのかな灯りとともにテーブルで撮影した本の写真と、説明文。

投稿は5件くらいしかなかったけれど、そのうち2冊は自分でも読んだことのある本で、あとの3冊は読もうと思って、本棚に積読されて、埃のつもっている本たちだった。

「本の趣味、もしかしたら似ているのかも。」

そんなことを思ったけれど、それと同時に不安になった。

「でもこんなに情報少ないし、今どき開店したばかりの書店員のアルバイトの求人なんて、めったにない。もしかして、闇バイトかも、、、。」

そんなことを独り言で呟いた。

「いや、でも闇バイトにしては、最低賃金すぎるか。」

とツッコミを入れたと同時くらいに私はいつのまにかインスタのDM画面を開いていて、その店主に向けてメッセージを送信してしまっていた。

インスタの求人拝見しました。一度店舗にお伺いし、お話を聞いてみたいと思っています。中村

返事はすぐにきた。

たくさんの投稿の中から見つけていただきありがとうございます。水曜日と木曜日以外は、10時~20時までオープンしておりますので、ご都合のあう日付けと時間帯をお知らせください。店主

今日はちょうど日曜日。現在、無職である私の毎日は時間がありに余っている。早速、翌日の月曜日の13時にお伺いする旨を返信し、私は本当に翌日、いろは書店を訪れることとなった。

いろは書店までは、私が住んでいる場所の最寄り駅から、3駅先にある場所だ。徒歩と電車を合わせると約30分くらいで書店のある商店街に辿り着いた。

地方都市の中心部からは、だいぶ離れていたその場所は、だいぶ商店街自体も廃れている印象だった。ぽつぽつとシャッターが開いていたり、閉まっていたり、、、。歩いている人たちも、観光客というより、地元の人たちが多いような印象を感じた。決して混雑はしていなくて、だからといって閑散としているわけでもない、なんだかちょうどいい空間だった。

いつのまにか書店の前に辿り着いていた。
ストリートビューでみた古本屋の外観とほとんど変わっている様子はないけれど、リニューアルしたであろう小さな木製の看板と店先にはたくさんの観葉植物が並べられていた。

雰囲気もなんかちょうどいい。

そんなことを思いながら恐る恐る入口の扉を押して、中に入ると、所狭しと本棚にたくさんの本たちが並べられていた。通路はほとんどない。古本ぽいものもあれば、なんだか割と新しい本たちも並べられているようだ。

あまり整理されていないその混沌とした書物たちを、所々に設置されている灯りたちが柔らかく照らし出している。その光もちょうどいい。

扉を開けたときの呼び鈴に気が付いたのか、奥の方から何やら店主らしき人がのそのそと現れた。

黒のキャップに、お団子にくくっている長い髪、丸い黒縁眼鏡、上はよくわからないモノクロのイラストが描いてある白T、下は民族衣装みたいな黒のダボダボパンツ。年齢は不詳で、いかにも、どんなに歳を経たところで若々しくも見えないけれど、年老いているようにも見えないタイプの男性だった。

「こんちわ。」

「に」を省略するタイプのその挨拶に、なんだか私は驚くほどに肩の荷が下りた気がした。

「こん₂ちわ。」

私もつられて、省略はせず小さく「₂」をつけてお返事してみる。
にこっと店主さんが微笑んでくれたのが分かった。

「中村さん?でよかったのかな。」

「はい。中村です。」

「来てくれてありがとう。僕、店主です。さぁ、どうぞどうぞ。」

レジカウンターの奥から、木のタイプの丸椅子を取り出して、私に座るよう促してくれた。

「ここに座って待ってて。ちょっとお茶入れてくるから。緑茶しかないけど緑茶でいい?」

「ありがとうございます。はい。」

言われるがままに丸椅子に腰かけ、改めてぐるっとあたりを見回してみる。
明らかに目指しているものは「万人受け」ではないことを随所に感じられるその空間に、なんだか懐かしささえ感じてしまった。
果たして、私は一度過去にここに訪れたことはなかっただろうか。
記憶の引き出しをたどっているうちに、店主さんが戻ってきた。

「はい、どうぞ。ホットかアイスか聞き忘れてホットにしたけど、いい?」

「はい、私もホットが飲みたかったです。ありがとうございます。」

「さてさて、、、。」

店主さんは2人分の緑茶の湯のみをレジカウンター横の小さなスペースに置いて、カウンターの奥側に腰掛けた。私たちはカウンターを挟んで向き合う形になった。こうやって近づいて店主さんを見てみてもやっぱり、年齢不詳だった。

「改めて、来てくれてありがとう。よくぞ見つけてくれたね。」

「いえいえ、お恥ずかしながらフォローはしてなかったんですけど、たまたまインスタ見てたら求人の内容が流れてきて。」

「そうだったんだ。いやぁ、まさか来てくれるとは、、。インスタ以外で情報出してないからねうち。」

「そう、ですよね?私も見つけられなかったです。だから余計に気になってしまって、、、。思わず来てしまいました。」

「それにしても不思議な現象だな。フォローしてなかったんでしょ?」

「はい。何かのバグとか不具合なんですかね?」

「どうだろうね。ところでさ、いつから働いてくれるの?」

「え、私働いていいんですか?」

「うん、もちろん。ちょうど中村さんから連絡きた瞬間からそう決めてたよ。」

「え、なぜ?」

「嘘。連絡きた瞬間、、ではないね。ちょっと時間経ってからだけれど、、、。ちょうどさ、連絡くれたと同時くらいにうちのことフォローしてくれたでしょ?」

「はい。」

「最初に言っとくけど、僕はネトストではないよ。けどフォローされたから気になって中村さんのアカウントを除いてみたわけ。ちょっと前くらいから中村さん、読んだ本の写真と感想あげてたよね?」

「はい。ちょうど2か月前くらいからですかね。無職になって時間ができたので、、、。」

「そうだったんだ。20冊くらい投稿されてる本のうちさ、たぶん僕、半分以上は読んだことある本だったわけ。似たような読書の仕方してんな~って。」

「私も実は、このお店のアカウントみて、同じようなこと思いました、、。」

「そうだったんだ。うれしいな。そうそう。だからね、思ったのよ。同じ本を読んでいる人に悪い人はいないって。」

「なるほど。なんとなくわかる気がします。」

「それにね、さっき嘘っていったじゃん。連絡がきた瞬間からって。でも半分は本当でね。そもそもこんなに情報の少なすぎるあやしい本屋さんの投稿見てさ、連絡した翌日にくるってだけで、行動力半端ないでしょ。中村さん。もうそれだけあれば十分ってかんじよ。」

「そうなんですね、、。そんな風に褒められたことはじめてだったので、、、なんか、、うれしいです。ありがとうございます。」

「いえいえ、こちらこそ。てな訳で採用ってことで!いつから来れる?」

「明日は予定があって、、。明後日とかなら、、、。」

「おー、いいねいいね。ちょうどうち、水、木休みだから金曜からでも大丈夫?」

「はい、全然。むしろ、すみません。」

「いや、いいのよいいのよ。もしこのあと時間あったらさ、ちょっとだけ業務内容とか店内の説明とかしちゃって、一度持ち帰ってみてさ、もし無理だったら、連絡くれれば全然いいというか、そんなかんじで思ってるんだけどどう?」

「あ、はい。むしろありがたいです。」

「よかったぁ。ありがとう。」

そう言って早速、店主さんによる、いろは書店案内とオリエンテーションがはじまった。やはり、私自身が思っていた通り、万人受けしないように、本の配置はあえてカオスにしているらしい。とはいえ、整理整頓が苦手な店主さんはそもそもうまく並べることが難しいらしい。そんな正直者の店主さんをとても愛らしく思った。

アルバイトの仕事内容としては、来たお客さんのレジ対応や本棚の整理、店内の掃除、お客さんがいないときは本を手に取ってできる限り読んでみてほしいとのこと。あとは、しばらく1か月くらいここで過ごして慣れてみてみて、例えば本の特集コーナーとか、通販とか、迷っていそうなお客様との対話とか、そういうアイデアがあればどんどん提案してほしいらしい。

店主さんと対話しながら、「一度持ち帰ってみてほしい」とか「しばらく1か月くらい過ごして慣れてみて」とかそういう時間と心の温度感のところもすごくちょうどよくて、なんだか泣きそうになるくらいだった。

「さ、ざっと説明はこんなところかな。ちょっと疲れたでしょ。座って待ってて。」

そう言って店主さんはまた店の奥に消えていった。
とりあえず言われるがままに腰掛けて、ふぅといい意味でのため息をつく。

店に来てまだ1時間も経ってないのに、まるで長年連れ添った老夫婦のように、この本屋が私にしっくりきたような気がした。

「はい、この間お客さんからもらったおまんじゅう。おいしいから食べてみて。」

「ありがとうございます。」

「おっと、緑茶も冷えちゃってたね。僕あったかいの飲みたいからチンしてくるけど、中村さんもあっためる?」

「もしよかったら、ぜひ。」

そう言って、しばらくして、あたたかな緑茶を再び持って店主さんがカウンターの奥に腰掛けた。

「すみません。おまんじゅう先にいただいちゃって、、、。めちゃくちゃおいしいです。」

「でしょ?これ、5つ先くらいのお店のおばちゃんが作ってるのよ。なんか目立ちすぎないシンプルな感じが好きなんだよね。」

「なんか、素敵です。」

店主さんと一緒のタイミングで緑茶を口にした。正直なところ、本当に普通のおまんじゅうで、普通の緑茶でしかなかったけれど、それなのに、ものすごく普通じゃないあたたかな温度を感じた。

「あの、、、。」

「どうした?」

「いや、あ、やっぱり、、、いいです。」

「そこまで言ったら気になるじゃん。話してみてよ。ほら、見ての通りお客さんくる気配ないし。」

「すみません。なんか、、、。あの、、、。うまく伝わるかはわからないんですけど、たぶんバグじゃないんだなって思いました。」

「バグ?」

「そうです。さっき言ってた、インスタのフォローしてないのに投稿見つけたってやつ。なんかレコメンド機能?あるかわからないですけど、、要するに、私はあの投稿に出会うべくして出会ってる。みたいな運命、、みたいな。すみません、、、めちゃくちゃキモいですよね。」

「人によっちゃね。キモいかも。でも僕にとっちゃ全然キモくないよ。続けて。」

「もっとキモい話になっちゃうかもしれないんですけど、私、今まで全部丸投げして、代行お願いしてたんです。自分の人生の、、。なんか自分の人生は自分のものだから責任は自分でとらなきゃ、みたいな自己責任論あるじゃないですか?」

「うんうん。」

「私もそれなりに自分の人生の選択は自分でって、頑張ってきてたのに全然うまくいかなくて、、転職何回もしちゃったし、、、うまくいかないというか、自分で選んでるはずなのに、なんだかわからないんですけどいつの間にか、誰かの手のひらで転がされてる感覚だったんですよね、、。その度にとてつもない虚無感感じちゃってて、、、。他者の選択の上に自分がのっかってるかんじ?すみません、、伝わりますか?」

「もちろん、わかるよ。同じ読書の仕方してるからね。続けて。」

「そう、それで、どうしてなんだろうって不思議で、、、。でも最近なんとなく、その感覚の要因がわかった気がしてて、、、要は、別に私、そのときはちゃんと選択自体は自分自身で決めてたんです。外見上は。自分自身で決めて、例えばキャリアアドバイザーの人の意見に惑わされてるとか、親がこう言っていたからとか、そんな他者に決められた生き方はしてないって、そう外見上は思ってたんですけど、、、。」

「うんうん。」

「怖いですよね。世の中って。そうやって特定できる誰かじゃないところで、行政とか社会とか世間の意見とか、そういった外部の特定できない大きな集団に、ぜーんぶ、無意識化で丸投げしてたんです。自分の人生。今、はっきりわかりました。」

「つまり、自分の人生を特定の誰かの意見には振り回されずに、自分の選択と責任で生きてきたつもりだったけど、全然想像してなかったところで世間とかそういう目に見えない集団に振り回されてたってこと?」

「そうです。そうなんです。」

「あぁ、わかるかもな。その感覚。」

「例えばなんですけど、正社員で就職するとか、副業できるところに就職するとか、福利厚生がいいところに就職するとか、そもそも全部就職が前提なんですよね。絶対正義っていうか。それが誰かに絶対に正社員で就職しろ、なんて言われてたら、そんな意見に振り回されないとか思えたんでしょうけど、言われないんです。そんなこと。無言の圧というか。気が付かないうちに就職する以外に選択肢がなくなってるんです。」

「たしかに、そういう目に見えない形での集団とか世間の圧力って思ったよりめちゃくちゃ強力なのに、もはや圧力とさえ思わないんだよな。正義のように語られちゃう。」

「そうなんです。もはや無意識なんです。けど、そんなかんじが無理すぎて、結局最近無職になっちゃって、、、。1日に何もすることがなくて、そりゃあ、就職活動しなきゃいけないのはわかってるんですけど、それでも、なんかしっくりこなくて、、。何しはじめたって読書だったんですよね。あぁ、そういえば、本読むの好きだったなって、仕事忙しくてまったく読めてなかったけど、昔は本当に読書好きだったなって。そうやって本読むようになって、読んだらまたいろんな本読みたくなって、ふと気がついたらインスタで次読む本検索しているうちに、世の中には小さくてもたくさんの本屋さんがまだまだあるんだってことに気がついたんですよね。これだけ紙媒体が電子にがっつり移行していってる世の中で、書店ってまだまだあるんだって、、。うれしくてそんな書店見つける度にいいね!したり、アカウントフォローしたりしてて、、、、。」

「なるほど。それが、僕の投稿を見るにつながったわけか。」

「そうなんです。たぶんレコメンド機能ってやつなのかなって。けど、インスタでそうやって、その次読む本探し旅とか、小さな書店探し旅してるのって、超絶無意識なんですよ。私にとっては。別に本屋で働きたい。みたいな意思もまったくないわけではなかったですけど、求人なんて探してなかったですし。いつか、老後とかに本に関わる仕事できたらなって、仕事じゃなくても本と関わってたいなって、、、ちょっとだけ、本当にちょっとだけ頭の片隅に思ってたくらいで、、、。」

「なるほど。でも結局のところ、それが、中村さん自身の、世間にも社会にもいわば浸食されていない、ありのままの無意識、、だったわけね。」

「はい、今日初めてこちらにお伺いさせていただいたんですけど、なんだか初めてじゃないみたいな、昔から知ってる懐かしさみたいな、ものすごく全部がちょうどよかったんです。あぁ、こういうことかって、無理にカジュアル面談受けたり、キャリアアドバイザーとかに相談する必要なかったじゃんって、自分は紛れもなくちゃんとここにいて、けれど見失ってしまっていた自分の答えって、インスタの中にあったんだって。自分よりもインスタの方が無意識的に自分自身のありのままの姿を知っていて、思わず笑えてきちゃいました。」

「ははは。それは面白い気づきだね。たしかにインスタじゃなくてもyoutubeの履歴とか、ネットの検索履歴とか、そういうものの方が、割とありのままの自分に近かったりしてね。」

「いや、ほんとそうですよね。というか、理解していただけてうれしい限りです。すみません。長々と話しちゃって。」

「いやいや、全然。面白かったし、それにやっぱり今日中村さんに会えてよかったわ。僕の目は間違ってなかった。」

「そう言っていただけると、とてもうれしいです。」

そうやって私たちは笑い合った。
店主さんがその会話のあとで、きっと今のタイミングで読むと面白いよと言って紹介してくれた本を1冊買って、私は帰宅した。

意外にも、自分が探し求めていた自分は
思ったよりも近い距離に、おもわぬところに転がっていて、それだけで、本当にそれだけで、私には十分だった。

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