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家族の詩

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水

直ぐにお風呂に入れて
寝かせてあげたかった

駅のベンチの下で一夜を明かし
嘔吐物で白いティーシャツを赤茶色に染め
髪はボサボサ所持品は無し
泥酔のはての虚な彼を

警察から呼び出され
車を飛ばして迎えに来たのは
私が彼の母親だから

ベンチに置かれた水のペットボトル 
ついさっきまで
死が
そこにいた

道々抱えてきた怒りは粉砕し心臓が凍りつく

お風呂に入れてあげたくて
布団に寝かせてあげたく

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確認書類

確認書類

マリーアントワネット風の髪型に
長いイヤリングをぶら下げ
老人ホームにいるはずの
二人の伯母がファミレスの席につく
先に来ていた伯母は昔とちっとも変わらない
もう一人、知らない女がいる

伯母達は私のことを覚えているのか
確かめようとするが
各々喋りまくっている
相変わらず賑やかな関西弁が飛び交う  
伯母達はネイルで煌めく長い爪を上手に絡ませ
互いの手を取り笑っていた

ぽつねんとした私は先に来

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霊

祖母は身体を乗っ取られ
男の声で喚いていた
合わせた掌は震え

霊というかつて人であった人は
僧侶に縁側に連れて行かれ
尻を叩かれて追い出された

家族はあんぐり口を空け
祖母に入った
見えない男を見ていた

ある時
祖母は再び男になって
喚き出した
欺かれた私たちには
僧侶を呼ぶ暇はなく
母が男を説得したのだ

まさかの男はいなくなった
母は祖母を取り返したのだった

以来
仏壇にお茶が一つ追加

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イタコ

イタコ

爺ちゃんは死んでから
婆ちゃんの寝床に夜這いしていた

明治生まれの駆け落ち婚なのに
爺ちゃんは散々浮気をして
庭の離れに追いやられ
ずっと一人で寝ていた

婆ちゃんにすれば迷惑で
いよいよ寝れないもんで
イタコのところへ出かけて行った

口に寄せられた爺ちゃんは
婆ちゃんに言いたいことがあったようで

「ありがとう」

別れの言葉が
雲を跨いだ

嘘泣き

嘘泣き

じいちゃんは死んだんだよ

五歳の私には死がわからなかった
じいちゃんは寝たまま
ずっと動かない

もう起き上がらないとわかったとき
死んだがわかった

悲しくて悲しくて
うっぷしておんおん泣いた

ずっとずっと泣いていたら
伯母さんがそばにきて優しくさすってくれた
小さいのにねって
わかるんだねって

泣きやんではいけないような気がして
泣いていた
泣いていたら
だんだん嘘泣きになっていった

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骨揚げ

骨揚げ

火葬炉から出てきた父
遺体は灰色に燻り
頭蓋骨の下に
歯がきれいに並んでいた

長い箸を手に回りを囲んでいた親戚達は
皆、驚いた
なんて丈夫な歯だ

24歳の初孫は歯を一本挟み
5歳の末孫は箸を噛み

一同騒然となり慌てて止め
すんでのところで骨は口に入れなかった

皆んなで泣き笑いの骨揚げ

崩れそうになる体を
棺に追いすがった母と妹と私

なんだ悲しさと可笑しさは
別々のところにあるんだ

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鳥

薄青い空
つがいの鳥
悠々と飛んでいて

ぼくは鳥になりたい
鳥は自由でいいな

たった四才の息子の言葉を思い出す

どうも叶えてあげられないと
もう自由じゃないかと
笑い飛ばした私

まだ生まれて数年なのに
もう人間をやめたいなんて

朝から晩まで
早く早くと言いすぎたのか
それだめ、これだめ
だめだめだめと言いすぎたのか

今、君は
可愛いお嫁さんをもらって
毎日元気に飛び回っている
宅急便の

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春

春が億劫だった

新しい教室
新しい友達

生ぬるい風は不安をあおり
ただただ疲弊していた

桜は圧倒的で
貧相な私をなおさら貧相にした

でもあの日

あたたかい風が背中をおしてくれた
優しいひかりが強さをくれた
桜が私を輝かせてくれた

あなたを産むため一人で歩いていた道

分娩台の上で
名前に春をつけようと思った

春が好きになっていた

和風月名の詩 卯月(4月)

挽歌Ⅱ

挽歌Ⅱ

父は私を抱きしめ
お前は優しいなと言う

生きている時に
言われたことはない

父は黒い犬になって
遠くのベンチにかけていった

ベンチにいる老婆に
嬉しそうに懸命に 
尻尾を振っている

それが本望のようで

やがて老婆について黒い犬は
逝ってしまった

私は立っているしかなかった
じっと立って見送っていた

挽歌

挽歌

はじめて入院した父
腕時計が壊れたから修理に出してくれと言う

父は二十歳の時
祖父から腕時計を貰った
ところが山で失くした
必死に探したが見つからなかった
残念で仕方なかった父は
自分でこの腕時計を買った
祖父から貰ったものとして

大切にしていたのはそういうことか

腕時計と父の命が重なる
一刻も早く直さなくては
腕時計を時計屋に託す

父は一歳の時
肺炎で死にかけた
祖父母は鯉の生き血を懸命

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