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HAPPY TORTILLA
2019年4月8日 21:54
30年ちかく生きていれば、街ですれ違う人にも電車の同じ車両に乗り合わせた人にも様々な事情や、背負っているものや、複雑な思いや、原始的な欲望があるのだということは理屈だけでなく感覚的にもわかるものだ。だから、「あの人は何かワケありの感じだね」という表現が使われるとときには「ワケあり」のフォーマットに沿った行動なり身なりなりがあるということなのだと思う。同じように、「いかにも○○っていう雰囲気だ」
2018年9月25日 07:44
「夢を見てたのは、僕のほうなのかもしれない」 大きくなりすぎたテーブルヤシの向こう側の席から、聴き慣れた声がした。街中のレストランの、洗練されたデザインのダイニングテーブルとチェア、ピアノとヴィオラの室内楽。いつもとはずいぶん雰囲気の違う店で、こことは違う店でよく聴く声を、僕はキャッチした。 「人の中で生きていけると思ったんだよ、お前といたとき。とんだ勘違いだったけど」 話し
2018年7月30日 07:31
西の空にほんのりと残るオレンジ色。古びた木の手摺のある登り坂には、アンプから流れる音が響く。バーのテラスには、形の揃わない椅子が、並べられているとは言えないような配置で適当に置かれている。ぬるい風に揺らされる松明の炎。火の入った野菜とスパイスの混じるディナーの香り。 「いつもより人が多い」 僕は言った。 「そりゃ、ライブだもの」 マスターが言った。 「誰が歌う
2018年7月22日 11:05
スコールあがりの空には、開放感が満ちている。洗われた街は、清らかな湿気に覆われて、沈むその瞬間まで強い光を放つ南国の陽が、濡れた花を、建物を、人々を輝かせる。 地方の観光誌を作る会社の採用面接に惨敗してから、シシトウやトマトを収穫するバイトをしている。身体を動かすのは思いのほか気持ちがよかった。 「このままでは、ここの素晴らしい景色を愛でる余裕すらなくなってしまいそうだ」 水
2018年7月9日 08:21
夕刻の海岸沿いを歩いて数分。古い木で造られた重い扉を開ける。ライブハウスとバーとカフェの合わさったようなその店の、カウンターの右から2番目が、僕の指定席だ。 「ドリップ、アイスで?」 背の高いマスター、いつも着心地の良さそうなエスニックの服を着ている。 「ううん、ラッシーで」 「めずらしいね、OK」 アボリジニアートを思わせる生地の柄が艶めかしく、ランプの灯りの下