3.ドライアイ 【マジックリアリズム】
スコールあがりの空には、開放感が満ちている。
洗われた街は、清らかな湿気に覆われて、沈むその瞬間まで強い光を放つ南国の陽が、濡れた花を、建物を、人々を輝かせる。
地方の観光誌を作る会社の採用面接に惨敗してから、シシトウやトマトを収穫するバイトをしている。
身体を動かすのは思いのほか気持ちがよかった。
「このままでは、ここの素晴らしい景色を愛でる余裕すらなくなってしまいそうだ」
水質のよい氷で、きんと冷えたアールグレイを口に含んで僕は言った。
「野菜しか見てないから?」
ばかでかいにんにくの房を割りながら、マスターは言った。
「そうじゃない。不安のほうが強くなってきたってこと。今日明日困るわけではないけど」
「そんなにやりたかったんだ、雑誌の仕事」
「ううん。なにがしたいのかわからなくなってるような気がする」
「この土地に住むのがしたいことだったんだもんね」
「それが叶ったら、次にどうしたらいいのか」
「なにかしないとだめ?」
「働かないと、収入が」
「ひとつのところで仕事したいの?」
「そういうわけじゃないけど」
「収穫したり、人手の要る店を手伝ったり、WEBでできる仕事したりするとそれなりの稼ぎになる?」
「そうなんだけど」
「うん」
「自信がね」
「やってみたことないからね」
「そう」
「戻るのはあり?地元に。前みたいに仕事すれば、また稼げる」
「それはない。働くイコール苦役みたいなのは違う、そう思ってここに来たから」
「どうしようね」
たしなめるのでもなく、肯定しすぎるのでもなく、突き放すわけでもないマスターの存在がありがたい。
にんにくの房の大きな方をカウンターの上の杭にかけて、キッチンに入る彼の背中を見ながら、僕は少年時代に育った郊外のマンションのリビングを思い出していた。思春期の中頃まで、同級生たちの反抗期をよそに、僕と母は仲が良かった。学校の出来事や、進路の話を、ダイニングチェアに腰かけて延々話していた僕。聞き入るでも聞き流すでもなく、うんうんと聞いていた母。その手元で展開される、オーソドックスな家庭料理の調理の経過。
「インディアンカレー」
「これすごく好き」
「このまえのカレーとはちょっと違うんだよ」
「苦役って決めてるのも変なのかも」
カレーの違いのことを詳しく聞かず、僕は話題を戻した。
「都会の生活?」
「うん、なにを耐え難いと感じるかは人による。ものがたくさん、人もたくさん、自分の時間を捧げれば、稼ぐ機会もいっぱい。でも、僕は自分には合わないと思ってここへ来た。それだけのこと」
「うん、この街が好きなんだよね」
「不安になると、血迷うね。なんていうか、極端になるみたい」
「慣れてないんだよね、3つ眼で暮らすのに」
「3つ眼?」
「自分の本質と直結した器官」
「どういうこと?」
「したいようにしたい、違うと思うことはしたくない、って強く思うようになる。傍目には、我慢が効かない人とか、わがままとか、霞を食ってるみたいに見える」
「自分がわがままなのかな、と思ってた」
「見る角度を変えればね」
「そういう見方をする人もいるかもしれないけど、主観でいいんだよね、自分の人生なんだから」
「いいんだよね、って確認も要らなくなるね、それが当たり前になれば」
「合う人の層が変わりそう」
「層だって、物差しによってグルーピングが変わるから、分けなくたっていい」
「これまでの癖か」
「まだ慣れてない、第3の眼を開けてることに」
「なんかゲームの世界みたいな言い方」
「冒険でしょ、人生は」
「そうやって言うと、ドラマに出てくる喫茶店のマスターみたい」
「人生は冒険ドラマ、僕はカフェバーの主人」
「始めのうちは、ドライアイに注意」
「うん、ひりひりして痛い」
「目薬もってる?」
「比喩?」
「もちろん」
「このカレーかな。あと、音楽とか」
「演らないんだっけ?」
「うん、聴く専門。聴いたあとに、コラムとか書くのは好き。感想文ともいうけど」
夜が更けていく。
子どもの頃と同じように、料理を作り、話を聴いてくれるセラピストみたいな人がいる。
明日の仕込みをする手元に視線を落とすマスターの、知性を感じさせる眉間の少し上にうっすらと入る皺。
ぱかっと開く、第3の眼を想像する。
第3の眼の種族、これまでにもきっと出会っていて、これからもどんどん会うにちがいない。
選民意識でもなく、卑屈な言い訳でもない。その眼と眼が合ったとき、説明も理屈もなく、ただ嬉しく思う。
ヒントはそこらじゅうに転がっている。機会はこれでもかというほどに、開かれている。
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