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HAPPY TORTILLA
2018年7月30日 07:31
西の空にほんのりと残るオレンジ色。古びた木の手摺のある登り坂には、アンプから流れる音が響く。バーのテラスには、形の揃わない椅子が、並べられているとは言えないような配置で適当に置かれている。ぬるい風に揺らされる松明の炎。火の入った野菜とスパイスの混じるディナーの香り。 「いつもより人が多い」 僕は言った。 「そりゃ、ライブだもの」 マスターが言った。 「誰が歌う
2018年7月22日 11:05
スコールあがりの空には、開放感が満ちている。洗われた街は、清らかな湿気に覆われて、沈むその瞬間まで強い光を放つ南国の陽が、濡れた花を、建物を、人々を輝かせる。 地方の観光誌を作る会社の採用面接に惨敗してから、シシトウやトマトを収穫するバイトをしている。身体を動かすのは思いのほか気持ちがよかった。 「このままでは、ここの素晴らしい景色を愛でる余裕すらなくなってしまいそうだ」 水
2018年7月16日 14:08
「今日はカレーにする」「たまごは、のせる?」「うん、ゆで卵だったら」キッチンに向かうマスターの後ろ姿をぼうっと眺めながら、僕は今日のことを振り返っていた。ポートフォリオに使う写真を撮影しに出かけて、帰ったときに見つけた郵便受けの中の封筒。内容は、不採用の通知文。「いい条件だったの?」とびきり柔らかく煮込んだ牛すじのカレーを運んで、マスターが聞く。木でできたスプーンで食べると
2018年7月9日 08:21
夕刻の海岸沿いを歩いて数分。古い木で造られた重い扉を開ける。ライブハウスとバーとカフェの合わさったようなその店の、カウンターの右から2番目が、僕の指定席だ。 「ドリップ、アイスで?」 背の高いマスター、いつも着心地の良さそうなエスニックの服を着ている。 「ううん、ラッシーで」 「めずらしいね、OK」 アボリジニアートを思わせる生地の柄が艶めかしく、ランプの灯りの下