見出し画像

2.バイトの面接 【マジックリアリズム】

「今日はカレーにする」

「たまごは、のせる?」

「うん、ゆで卵だったら」

キッチンに向かうマスターの後ろ姿をぼうっと眺めながら、僕は今日のことを振り返っていた。
ポートフォリオに使う写真を撮影しに出かけて、帰ったときに見つけた郵便受けの中の封筒。内容は、不採用の通知文。

「いい条件だったの?」

とびきり柔らかく煮込んだ牛すじのカレーを運んで、マスターが聞く。
木でできたスプーンで食べると、なぜか旅をしているような気分になる。

「この辺にしてはね。出版の関係だし、経験生かせるかと思ってさ」

「敗因に心当たりはある?」

「引いちゃったからかな、だめだったのは。面接だけだと思ったら、採用試験があった。あんなの久しぶりだよ。二桁の割り算とか、諺の意味とか。それに、面接は裁判みたいだった」

「裁判?」

「絨毯の部屋で、偉い人が離れて3人座っていて、紙を見ながら棒読みで質問してくるんだ」

「トニーから彼らの距離はだいぶある」

「うん、そう。突き出された罪人みたいだった」

「大げさな」

カウンターに両手をついて、マスターは続けた。

「と言いつつ、わからなくもない」

「部屋に入った時点で、なんかもういいやって気分になって、それが漏れ出てしまったかもしれない」

「こういう感じのところとは合わない、って思ったんだよね」

「そう、組織ってそういうところって知ってるけど、なんか形ばっかりで茶番だなって思っちゃった」

「雇われるのは違うって思ったんじゃなかったの?」

「でも、いきなりうまくいくような気もしなくて、自営なんて」

ハチミツで少しマイルドに仕上げられたカレーを、飲み物みたいにすごい勢いで吸収しながら僕は答えた。

「資金調達と思って、バイトだね」

「そう、バイトなのに、あんなに高飛車な面接するなんて」

「それが嫌だったんだね、高飛車な態度でやられて」

「そうかもしれない。もう少し若い頃ならなんともなかったのかも。僕の方がが傲慢になってるのかな」

「そんな極端な。どう思うのも自由だけど、嫌だと思ったことの正体がわかって、そういうものと距離を置けるといいのかもしれない」

カレーのおかわりを頼むと、バイトの女の子が代わりにキッチンに向かった。あまり喋らないけど、まあまあの美人だ。

「マスターも、そういうようなことでお店をやることにしたの?」

「さあ、どうでしょう」

意味ありげに笑みを浮かべて、マスターは言った。

「店をやっていても、いろいろあるよ。同業者との関係とか、バイトを雇うときのあれこれとか、水ものならではの浮き沈みとか。あとは、うまく言えないけど、気持ち的にもいろいろね」

「どのみち苦難の道かあ」

「どの苦労を取るかだね。それに、苦難ばかりでもないよ」

「景色だけで来ちゃったからなあ」

「少なくとも、昨年の今頃はここでこうしてるなんて思わなかったでしょ」

「たしかにね。行動は起こした。そこから先がわからない」

月の光は驚くほど明るく、芭蕉の葉が影を作る。
カラフルな大型のインコたちが太い木の枝にとまって眠る。
夜の海は、群青色の布を広げたみたいに平たくどこまでも続く。

いいなと思ったら応援しよう!