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越前敏弥著『訳者あとがき選集 』初読感想文 2024年に読んだ本から2

 長い物語を再読することが好きです。
 ジョン・アーヴィング、ドストエフスキー、トールキン、アガサ・クリスティ。
 そしてエラリー・クイーンの長くてずっしりと重い本格推理小説たち。

 でもこうしてみると。
 私の好きな小説は、特に選んだわけではないのですが、何となく海外小説が多いです。(あと長い。)
 そして海外小説を読むためには、外国語が達者でない私は翻訳されたものにお世話になることに。

 つまり翻訳してくださる方がいなかったら私はこれらの物語に出会うことはなかったのだ。そう考えると翻訳者の皆さんに感謝してもしきれない。
 
 そんなことを考えていたら先日。

 越前敏弥氏の訳者あとがき選集』 が出版されました。

 私が読んだエラリー・クイーンは越前氏の新訳版が始まりです。

 これは読むしかない。

 と神保町のシェア型書店 PASSAGE SOLIDAへ。
(販売店舗が限定されています。AmazonでKindle版があります)

 早速拝読いたしました。
 
 感想は。
 素晴らしかった。

 ということで。
 小説ではないので、いつもとちょっと勝手が違うのですが。
 一応初読感想文です。



1 あとがきが好き

 そもそもあとがきが好きです。
 ネタバレも気にせず本編を読む前にあとがきから読んでしまうこともしばしば。(「ここからはネタバレ注意!」とか「本編を読んでからにしてください!」なんて注意書きがあるときは流石に遠慮しますが。)

 作品が描かれた時代背景や作者の心情などがわかると読みはじめがスムーズになったり、読んでいる途中で「そういえばこの時代は」なんて思いを馳せて物語世界が広がったりして楽しいのです。

 そして本編読了後にまたあとがきを読みます。
 そうすると、さらに理解が広がって楽しい。

 解説者のあとがきも面白いのですが。
 訳者のあとがきは言語に対するこだわりが強いようですし、言語から見えてくる文化などもあって。
 面白いです。

 この『訳者あとがき選集』は、越前氏がこれまで翻訳した作品の「あとがき」をご自身で21作品選んで収録したものだそうです。
 推理小説だけでなくジャンルは様々。児童書などもあってバラエティに富んでいます。

 私はクイーンの『レーン最後の事件』以外は未読だったので、いつものように本編を読む前にあとがきを読み始める気分で一つずつ読んでみました。

 例えば。
『飛蝗の農場』の難解さには心惹かれるものがあります。
『ダ・ヴィンチのひみつをさぐれ!』みたいな児童書も楽しそうですし。
『オリンピア』も読み応えありそう。

 いや、どれも読んでみたいと思わせるあとがきです。

 でもあとがきならばすぐに本編に、となりますが。
「あとがき選集」ですから当然本編はありません。
 つまりすぐには読むことができません。
 もどかしい。
 でも面白い。

 あ、これ。
 昔読んだレムの『完全な真空』と同じもどかしさと面白さかも。

 と思いました。
 スタニスワフ・レムの架空の本の書評集。
 架空の本なので本編はありません。ですから永遠に読めません。その構造自体の面白さがあるのはわかるのですが。
 でも本編があればいいのに、と残念に思ったものです。

『訳者あとがき選集』も面白くて、本編が手元にないのが寂しくなりました。
 でも本編は存在していますから。

 というわけでとりあえず『クリスマス・キャロル』の新訳を買ってしまいました。

 読みます。


2 困難と情熱と

 さて。この『訳者あとがき選集』ですが。

 長編小説の感想文ではないので、内容についてお話ししてしまうのもどうかなと思ったのですが。少しだけ。

 ① 幅広いジャンル。

 あとがきが書かれた21作品。
 ジャンルはさまざまです。
 私が好きなエラリー・クイーンは推理小説ですが、他にも児童書や図鑑や映画の創作話、または英語版俳句のようなものまで。
 元大統領が書いたポリティカルスリラーというのもありました。
 面白そう!

 ② 広範で深い知識が必要だということ。

 翻訳するためには広範な知識が必要だということをひしひしと感じました。
 作家と作品に対する知識はもちろんですが、その背景にある社会や時代などもいろいろと幅広く、深く。

 それぞれのあとがきの後に「2024年10月追記」が付いていますが、そちらで明かされる苦労話の一つに「自動車に関する描写が分からなくて自動車教習所に通った」などとあって。
 すごい!


 ③ 翻訳することの面白さ。

 『老人と海』の新訳のあとがきでは。
 越前氏が新訳をおこなうにあたって心がけたことが書かれています。そこには新訳することの苦労ももちろんですが、そもそもの、他国の言語の書物を訳すことの困難さと面白さも感じました。

 例えばlineやropeやcordをなんと訳すか、では。
「糸」か「綱」か? 過去の訳書では「釣綱」と訳していたけれど、「直径が太めの鉛筆ほど」という記述から「釣縄」を採用したというお話とか。
 一人称を「おれ」としたけれど、本当は『「おれ」と「わたし」の中間ぐらいの言い方があれば使いたかった』(p.143)とか。
 the boyも『「若者」と「少年」の中間、もしくは両者のニュアンスを兼ね備えた表現こそが最適』(p.146)と思っていること、とか。

 興味深いお話ばかりです。

「微妙に意味や機能が異なる何種類ものand」(p.147)を「日本語でどこまで忠実に自然に表現できるか」(同上)苦労されたお話の後に、「読者の皆さんがどんなふうに感じてこの『老人と海』を読んでくださるか、いまからとても楽しみです。」と言われて。

 もしや越前氏から読者への挑戦?!

 これはもう、読んでみたくなりますよね。


 言葉の選択や表現に関する興味深いお話の数々は、外国語が全然達者でない私が読んでも興味深く、何よりわかりやすくて面白かったです。 


 新訳に関しては。
 越前氏はヘミングウェイエラリー・クイーンの他に、ブラッドベリディケンズなども新訳されていますが。

新訳の訳者のすべきことは錆落としや煤払いであって、材質を変えてしまうことではない。

p.65

 という越前氏の言葉が、心に深く残りました。


 ④ 翻訳にかける情熱

『夜の真義を』のあとがきの冒頭。

マイケル・コックスによる長編小説第一作『夜の真義を』を、ようやく日本の皆さんにお届けできたことに、訳者として無常の喜びを覚えている。

p.52

 この他にも越前氏の翻訳に対する熱い情熱が至る所で感じられます。

 日本ではまだ知名度が低いけれど素晴らしい海外の作品たち。
 それを紹介するため、越前氏が自ら企画を持ち込んだり。
 そして多くの困難を乗り越え、出版にこぎつけて。

 などを読むと、こちらまで胸が熱くなります。

 海外の素晴らしい物語を翻訳し出版するのは本当にとても大変なことなんだなあと思いました。
 

 ⑤ 子供達への温かい視線

『ダ・ヴィンチのひみつをさぐれ!』のあとがきの始まりは。

この物語の主人公はきみだ。

p.42

 これを読んだ子供たちはきっとワクワクしますよね。

 このあとがきは読者である子供に向かって話しかけるような感じになっていて、難しい漢字を使わず、ダ・ヴィンチの面白い人物像やクイズなどがあったり、と子供たちが楽しく読めるように工夫されています。
 子供にとって、お気に入りの一冊になりそう。

『ダ・ヴィンチのひみつをさぐれ!』は共訳ですが、他に『シートン動物記 オオカミロボほか』や、六歳の男の子が語り手の『おやすみの歌が消えて』や大人も子供も楽しめる『ロンドン・アイの謎』なども翻訳されています。

「できれば年に一作程度、児童書かヤングアダルト作品の翻訳を手がけたい」(p.103)と語る越前氏。子供に対する目線が優しくて素敵です。

 『ダ・ヴィンチのひみつをさぐれ!』の2024年の追記では、第二巻までで翻訳刊行が打ち切られてしまったことがわかるのですが。

とはいえ、あとがきで第3巻まであると明言した以上、読者である子供たちをぜったい裏切りたくなかったので、あれこれ調べたすえ、英治出版のブックファンドという当時あった仕組みを活用して、第三巻『ミケランジェロの封印をとけ!』を出すことができた。

p.46

 だそうです。

「読者である子供たちをぜったい裏切りたくない」という思い。
 子供たちへの誠実な態度。

 子供たちには素晴らしい本をたくさん読んで欲しいですよね。


3 やっぱりクイーンが好き 

 せっかくなので私が好きなクイーンのことも。

『レーン最後の事件』
 エラリー・クイーンのレーン4部作の最後です。

 このあとがきを読んでいるうちに、ああそういえばそうだったなと物語が浮かんできてました。

 ああ、確かにこの作品は素晴らしかったなあ、と思って。
 また読もうかな、となりました。

 ならばXYZから再読しなければ。

 というわけで前回お話しした「そのうちクイーン再読感想文」はレーン4部作になるかもです。
 
 そのうちぜひ。

 

4 「軽出版」(個人出版・小規模出版)とシェア型書店のこと

 この「あとがき選集」は「軽出版」(個人出版・小規模出版)というスタイルなのだそうです。
 その辺の事情は越前氏のnoteで知りました。
 私はそういうことに疎くて、出版って大変なんだなあなんて、ただ驚くばかりでしたが。

 取扱書店も限定されていているのですが、神保町にあるシェア型書店 PASSAGE SOLIDAほか数店で購入できるそうです。
 
 シェア型書店っていうのも初めてなのですが、一念発起、神保町に行ってきました。きれいな建物の一階、小さな間口から入ると、オーナーさん?の棚ごとに細かく分かれていて。いつもの本屋さんと違って面白かったです。

 撮影OKだったので拙い文章で説明するよりいいかなと思って。写真を載せてみますね。
(あ、でも写真も下手です。すみません。)

越前氏の棚です。
書籍にサインをしてくださってます。嬉しい。


右はエラリー・クイーンの初版本だそうです。すごい。


右に私が大好きなジョン・アーヴィングの本が!
翻訳をされている小竹由美子さんの棚を見つけました。嬉しい。
でも文庫化していただけるともっと嬉しい!

 
 こんな感じでした。
 
 今回、越前氏のおかげで、出版のことや新しい書店の形などを知ることができて、いろいろと勉強になりました。
 もちろん『訳者あとがき選集』が面白かったことが一番ですが。
 内容ももちろんですが、越前氏の文章は簡潔でわかりやすくて、尚且つ、翻訳にかける情熱も伝わってきて。

 私の下手な文章でご紹介するのが恥ずかしいくらいです。
 失礼な言い方とか理解不足なところとかありましたらここでお詫びしておきます。 
 ごめんなさい。


 ということで簡単に。初読感想文でした。
 ちょっと散漫な文章になってしまいまいましたが。
 やっぱり長編の小説とは違うので、内容についてとか、どこまでお話しして良いのかわからなくてこんな形になってしまいました。


 とにかく面白かったです。
 ぜひ実際に読んでいただければと思います。

 越前氏の熱い思いが伝わってきます。

 改めて。
 翻訳者の方々、出版に関わる方々に心から感謝を。



 さて次回は。
 クイーンと言ったらクリスティ?
 いや、年末も迫ってきたので、そろそろ今年観た舞台のお話もしたいなと思っていたのですが。


 来週は急遽。
『文芸ムックあたらよ 第貮号・特集:青』未読感想文にしたいと思います。
 
 12月1日の文学フリマ東京ほかで先行販売されるそうなのでその前に。

 つまり販売はこれからで、まだ読んでません。
 だから未読感想文なのですが。

 未読感想文?


#読書感想文

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十四
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