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精神科に行ってきました

前置き

執筆している現在、
精神科に行ってから一年近く時が経っています。
当時はどうしても、
記事を書く気力が湧かなかったのです。

思い出しながら当時の経験を、
ここに書き留めさせてください。


専門家の意見が聞きたかった

今まで執筆した記事
見ていただければ分かるとおり、
私は自分なりに軽度発達障害者の
身に起こっていることを考察して、
いくつかの仮説を立てている。

それに対して専門家である精神科医の先生が、
どのような見解を示すのか。
確かめたかった私がいた。

そして、当時なかなか追い詰められていた。
休みの日も気分が晴れないし、
趣味や勉強も手につかないし、
藁にもすがりたかった。

軽度発達障害には診断がつかない。
そんなことは重々分かっていた。
それでも、付ける薬があれば付けてみたいと、
何か変わらないかと、精神病院に電話をした。

電話予約

幸いにもそう遠くないところに精神病院があったので、そこで診察の予約を取ることにした。
大人の発達障害についての相談です、困っていますと電話をかけ、自分の状況や就労しているかなどの質問に答えた。

そうして診察の予約を取ることが出来た。
普通こういう場合はメンタルクリニックなど、
気軽に行ける病院で予約するべきなのだが、私はあろうことか入院設備もある、割と大きな病院で診察の予約を取ってしまった。

診察当日

せっかくの貴重な機会なので、コピー用紙に
自分の話したいことをずらずらと書いて、持っていくことにした。

用紙には幼少期からの症状の変遷、発達障害に対する私の仮説、現在の悩みと症状、考えうる原因などを記入しておいた。

担当の先生に渡し、
それを先生が見ながら問診することになった。
診察時間は体感25分くらいだったと思う。

症状や悩みとしてしゃべったこと

私の持っている発達障害の形質とその仮説
・朝起きるのが非常につらい
・出勤が遅く職場の人間から良く思われてない事
・疲れやすく常に感じる倦怠感とブレインフォグ
・幼少期からの症状の変遷
・何かいい薬はないか
・抑うつ感

先生の口から聞いたのだが、
発達障害の診断基準として重要なものの
一つとして、幼少期から症状が認められる
というものがあるらしい。

私はそれを満たしていた。
小学生になった頃、親が特別学級に入れたほうが良いのか考えたことがあったらしい。やはり間違いなく傾向はあるのだ。

私の仮説について先生の見解

軽度の発達障害者は公の場で、症状を抑えることに脳のリソースを割かざるを得なくなっていて、それがハンデになっているという仮説について。

この仮説については、可能性の一つとして考えられなくもない、といった当たり障りのない回答を得られた。担当医の立場としては、患者の意見を否定はできないだろうから、まあ無難な返答をするしかないのだろう。

やはり診断がつくはずもなかった

先生曰く、
貴方には発達障害特有の形質はあるが、実際に日常生活が立ちいかないレベルではない。何より自分の置かれた状況を的確に客観視できている。

診断が必要な人たちは、
もっと壮絶な症状を抱えている。
診察中ですら座っていられないだとか、
どんなに頑張っても家の鍵や
財布など大切な物が管理できない人もいる。

薬が必要なのはそういう人たちで、
貴方は、自分で解決する力がある。
貴方の考えている解決策を少しずつ試してみて。
また辛くなったらいつでも来てください。

そういった形で私の診察は終了した。

気持ちの区切りはついた

結局のところ、カウンセリングをしてもらったような形になった。
私に付ける薬はなかったし、
出す診断もなかった。それでいい。
はっきりしたのだから。

発達障害の診断が免罪符になるのではないか?
薬で手っ取り早く症状が改善できないか?
そんな甘えが自分にはあったのだろう。
先生の貴重なお時間を、私のようなはんぱものに使わせてしまった。
申し訳ございませんでした。
このご恩は忘れません。

自分に向き合い続け、辛くても苦しくても、
少しずつ進んでいくしかない。
諦めてはいけない。このまま終わりたくない。
自分に負けたままではいられない。

そんな決意が心に滲んでいった、一日。


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