マガジンのカバー画像

深夜のフィナンシェ

52
書いてみた短編小説と、小説っぽいもののまとめマガジンです。
運営しているクリエイター

記事一覧

【掌編】ひとりぼっち

 0時12分。電車を降りる。終電の前に乗ったのに、ずいぶんと遅くなったな。と思う半面、このあとも電車が動いていることに、まだ驚く。上京して十年と少し。今日もまた、東京の夜は明るい。季節を問わず、いつでも、いつまでも。  秋になって良いことがあるとすれば、ヘッドフォンだと思う。夏は暑くてその存在すらも忘れていたけれど、衣替えと一緒に発見した。ワイヤレスのヘッドフォン。ノイズキャンセル付きで、没入感抜群。最近はまたコイツにお世話になっている。移動中に、音楽を”鳴らす”という行為か

正体不明の安心

「ねえっ、玄関のダンボール! ”紅茶”って書いてあるの、ほんとう?」  本当は紅茶なんかじゃなくて、Amazonからの荷物だったら日用品で、もしそうならば、然るべき場所に片付けなくてはならない。 「それ、ほんとうに紅茶〜〜〜!!」  台所から、声が響く。 「なんかね〜〜〜、友達が美味しいって言ってて。それが季節限定だって言うから、箱買いしちゃったァ」  なるほど。そのわりにはまだ開封もされていないわけだけれど。仕方がない、開封しやすいように箱の端を切っておくか。 「開けてくれ

【掌編】コーヒーを飲める頃に

 引越し祝いは傘だった。  初めてのひとり暮らしで、すべてに浮かれていた。「引越し祝いを持っていくよ」という言葉にも、必要以上に浮かれてしまったかもしれない。わざわざ家の住所を聞いて、予定を合わせて、届けてくれるというのだから。  渡された包みは想像よりも小さかったけれど、充分に大きいと思えた。そして「なんだろう」と思えたのは一瞬で、すぐに傘だとわかった。 「傘?」 「そ、折りたたみ。持ってないでしょ?」 「持ってないけど……」 「いま、引越し祝いとしてはどーなの?って思っ

【掌編】 身軽な隙間

 それは、大きな鞄だった。  朝の、込み入った電車の中で、それはあった。  もう少し奥に行こうと、隙間があるような気がしたのだけれど、そこは鞄だった。  実に大きな鞄で、身長150センチに満たないわたしが”体育座り”をすれば、すっぽり収まってしまうような。そういう錯覚すらあるような大きさだった。  鞄の主は、座席に座って本を読んでいた。  それもまあ、電車で読むには似つかわしくないくらいの厚い本だった。ハードカバーの。5センチより厚みがあるように見えた。  男は、少し痩せ

ハッピーセットをポケットに

友達から連絡がきた。 ぽんっ、とひとつ、いつも通りのメッセージが届いたあと、しばらくしてこちらを気遣うような内容が続いた。自意識過剰かもしれないけれど、生身の、温かさを感じた。 わたしは時折、文章から必要以上の温度を感じ取ってしまい、それを勝手に受け取ってしまう。 感覚を信じすぎてはいけない、言葉は言葉であり、それ以上ではない。 わかっているのに、無視することができない。足裏を流れる、さざなみのように 心配をかけてしまったな、と反省した。 いつも、自分としては落ち着いた心

正しくないかもしれない靴底

幾つかの言葉を、思い出しながら生きている。 「頻繁に、靴を買い替えたほうがいいかもしれないですね」 二度目に会ったとき、そのひとは行った。 そこは鍼灸院で、わたしの靴は内側にすり減っていた。 その、内股の癖で歩き続けると身体にとってバランスが悪い状態ですよ。ということだったらしい。 なるほどだった。 居心地良いことと正しいことって、案外異なっている。 そういうことばっかりかもしれない。 「見ていてごらん」と言われた。 ライブハウスの、階段の下の受付によく座っていたときの

健康的で、たくましい味

仕事に行こうとして、失敗した。 家を出るときには「具合が悪い気がする」だったのに 電車に乗っているうちに、霧が濃くなるように身体が重くなり まあ会社まで歩いてみようと頑張ってはみたけれど、着いたところで給料泥棒になりそうだったので、スターバックスに座った。 取り急ぎ、会社に連絡を入れる。 誰も何も気にしないとわかっていても、「休みます」の連絡は、いつも気が重い。 「最寄り駅まで来たけどダメだったのでちょっと休んで帰る」というのを、社会人風に伝える。 コーヒーを飲んで(今日

松屋ができたよ

駅の反対側に、松屋ができた。 駅の反対側はあんまり来ないので、もともと何があったかはわからない。 自分の住んでいる町なのに、どこかよそゆきの気分になる。 両手から何かを、零し続けてしまっているような 自分の目が、とんでもない節穴のような 自分のからだが少し浮いて タイムスリップしてしまっているような ここが、自分の住んでいる町であることを、きちんと確かめる必要がある。 そんな感覚だった。 そして、松屋はあった。 見慣れた黄色い灯りを放ちながら 煌々と佇んでいた。 牛丼

純然たるホットチョコレート

下北沢に、カレーを食べに行った。 このあいだ食べたカレーが、どうしても美味しくて 「美味しい」の種類には様々あるのだけれど、このカレーは「毎日食べたい」系の美味しさだった。 ほっくりとやさしく、一筋の暴力も混じらず、すべてが丁寧で、さわやかだった。 「おばあちゃんち(イメージ)みたいな味」だと思ったけれど、実際のおばあちゃんの味っていうのは、もっとくたっとして暴力的だったと思う。なんていうか、強い。 食べ物なんて食べられればなんでもいいし、お腹は空くけれど、食事の数は極限

夢を見ずにおやすみ

夢を見た。 よく、夢を見る。 内容を、うすらぼんやり覚えている。 多くは、眠る前に見たアニメとか、日頃考えていることとか、そういうことに引っ張られる。 そろそろ会いたいな、と思えば、友達の家の猫が出張出演してくれるように。 そして時折、現実に紐付かない夢も見る。 今日は、やさしい人の夢を見た。 やさしい人は、時折わたしの夢に訪れる。 そして必ず、わたしを助けてくれる。 迷っているときには手を引いてくれるし 如何ともし難い、そんなときには背中を撫でてくれる、 導き、許し

序章 (夢と金に宛てて)

医者に行った。 コイツ、話聞いてないな。と思った。 ◆ 前回とは違う先生で、少し話しやすい空気を出していたので幾つか話してみた。 というか、前回も話した内容も、引き継ぎとかされてないんだな。と気づいたので、少し丁寧に。 最初は幾つか頷いて聞いてくれて、 それから、相手の話を幾つか聞いた。 そしてまた話しかけている途中に、手応えのなさに気づいた。 ああ、このひとは自分の言いたいことを話したいだけで これ以上言うことがなくなったいま、面倒くさい顔をしているんだ。と 確か

ろくでもないサイコロ

「だいじょうぶだよ」と言う。 目の前のおとこは、やさしく笑う。 にんげんの、人生の、一体何パーセントが”大丈夫”なのだろう。 「大丈夫な人」と「大丈夫じゃない人」がいるわけじゃない。 「大丈夫な状態」と「だいじょばない状態」があるだけで、それは等しくなくとも皆に訪れる。 このおとこは、「だいじょうぶだ」と言いすぎている気がする。 言わせすぎているのは、わたしだ。 もう、「やむを得ない」のか、ただ甘えているだけなのか、わからない。 勤務時間がぐっと減って、家にばかりいるわた

非日常と海

海は、いつでも特別だった。 静岡の山奥の、川のとなりで育った。 泊まりにきた友達が明け方に、「雨が降っているの?」と尋ねてきて、驚いたことがある。 それは川の流れる音で、毎朝当たり前に聞こえるものだった。上流から下流に、言葉通りに流れてゆく。 上流の石は大きく、下流まで流れた石が削れて小さくなっていることを、本能的に知っていた。 小さな川は雨で茶色く濁り増水し、晴れが続けば干上がる。 それでも、決まったスポットでは大抵深い水が溜まって、夏はそこで泳いでいた。 蔦に捕まって

琺瑯のミルクパン

「ほんとうに、いろんなことを知っているねえ」と言われて、驚いた。 そもそも、「ネイル塗るのが上手」と言われて驚いた。 たぶん、今集まっている5人の中で、わたしがいちばん、或いは4番目に不器用なはずだった。 「最近のネイルは、むかしよりずいぶん早く乾くようになったんだよ」 ただ、それだけのことだと思っていた。 ハタチくらいーーー今から15年ほど前は、ネイルを塗るのって一大行事だった。 ムラになるし、乾かない。 ネイルを塗るっていうのは、半分くらい落ち込むことと同居していた。