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正体不明の安心

「ねえっ、玄関のダンボール! ”紅茶”って書いてあるの、ほんとう?」
 本当は紅茶なんかじゃなくて、Amazonからの荷物だったら日用品で、もしそうならば、然るべき場所に片付けなくてはならない。
「それ、ほんとうに紅茶〜〜〜!!」
 台所から、声が響く。
「なんかね〜〜〜、友達が美味しいって言ってて。それが季節限定だって言うから、箱買いしちゃったァ」
 なるほど。そのわりにはまだ開封もされていないわけだけれど。仕方がない、開封しやすいように箱の端を切っておくか。
「開けてくれたら、飲んでいいよ」という声を、人は”優しい”というかもしれないけれど、わたしは呑気だと思う。

 ダンボールは思ったより強固で、強がりだけれど不器用なわたしは、あたふたとダンボールの端と、それを守るテープを切り取って、ようやくペットボトルのひとつを取り出した。

 きっと、美味しい紅茶なんだと思う。
 きっと、そうだと思う。
 友達の、その更に友達の、会ったことない人のオススメだから、味の好みもわからないし、みんなが美味しいっていうのもを、自分がそうだと思えないときもあったりするし、世界はかなり、曖昧で、誰かの判断基準なんて信じちゃいけないことも、たくさんあると思うのだけれど。
 大切な人の、そのまた大切な人くらいの距離感の、わたしの小さな世界の、「美味しい」を信じたいと思う。きっと美味しいといいな、と思う。そう思えるんじゃないか、という、正体不明の安心感がある。疑わなきゃいけないものの多い世の中で、絶対の保証なんてどこにもないんだったら、正体不明を信じたっていいと思う。トゲトゲ生きるよりも、呑気に騙されれるように信じたい。心に、明かりを灯すように。
 それで、「美味しかったよ」の輪が、この小さな世界でめぐってゆけばいい。そういう世界を生きたい、と思う。


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松永ねる
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