健康的で、たくましい味
仕事に行こうとして、失敗した。
家を出るときには「具合が悪い気がする」だったのに
電車に乗っているうちに、霧が濃くなるように身体が重くなり
まあ会社まで歩いてみようと頑張ってはみたけれど、着いたところで給料泥棒になりそうだったので、スターバックスに座った。
取り急ぎ、会社に連絡を入れる。
誰も何も気にしないとわかっていても、「休みます」の連絡は、いつも気が重い。
「最寄り駅まで来たけどダメだったのでちょっと休んで帰る」というのを、社会人風に伝える。
コーヒーを飲んで(今日も、オータムブレンドで嬉しい。アイスコーヒーを小さなカップでおまけしてくれて、それはハウスブレンドだった)、途方に暮れた。
具合は悪いけれど、いま書きたいエッセイがあったので書いた。
(結果的に乱雑になりすぎたので、今日のところは公開しない)
「具合が悪いときに、不幸ぶらない」というのは、ここ2年で身につけた処世術だ。
具合が悪いと、なんとなく縮こまって、良い子にして、あったかくして、眠れなくてもおふとんでごろごろして、好きとか嫌いとかじゃなくて、身体に良い食事を摂らなくてはいけない。と思っていた。
そんなふうにしていたら、体調以上に「不幸なオーラ」を身にまとってしまって、それこそ「ヤマイは気から」みたいな感じで、いつ元気になっていいかわからなくなってしまったのである。
これは最近の気づきだけれど、具合が悪いときに仕事はできない。
でも「好きなこと」ならできる。
だからわたしはエッセイを書いたり、少しだけ友達と話したり、コーヒーを飲んだり、おやつを食べることはできる。
何かこう、具合が悪いときにもうまく向き合える仕事とか生き方を見つけることが、次の課題かもしれない。
というのは、さておき(大切なことな気づきなので、あなたに伝えたかった)
スターバックスでコーヒーを飲んで、エッセイを書いて、さあ帰ろうと思ったとき、会社のチャットワークを開いたら連絡がきていた。
なるほど。
わたしが先週、2日間ふせっているあいだに対応が遅れた契約書だ。
早めに手放せばよかったのに「できる」と言ってしまったのがよくなかった。
時刻は、11時15分。
家に帰ったからでは間に合わないと思って、ふらふらと会社に向かった。
着いたころには「ごめんなさい、いま修正が終わりました」と既に引き継いでいてくれたことに、安心した。
会社の、みんなの顔を見ると安心する。
小さな会社だ。そしてこのご時世で、みんな各々の事情がある。
支え合ってゆくさまは、かつて憧れた”藤原デザイン”のような職場のような気さえしてくる。(「ハチミツとクローバー」を読んで欲しい)
この調子だと、明日も出社できるかわからないから、印刷物と最低限のことを片付けて、諸々の共有をすませて、1時間半ほどで退散することにした。
「わざわざありがとう」「気をつけて帰ってね」と言われたけれど、誰もわたしを責めなかった。
「ヤマイの人に対して何ができるのか」というのは、全人類の課題だと思うけれど、ひとつは「痛みを否定しないこと」だと思う。全ヤマイに当てはまるかわからないけれど、結構当てはまるんじゃないだろうか。わたしは、これに救われている。
帰りに、ワンモアコーヒーをもらって帰った。
100円でおかわり。
アイスコーヒー、氷少なめ、液量多め。
タンブラーを持っていなかったので、ペーパーバッグに入れてもらった。
ドーナツを買おうか悩んだけれど、やっぱりスターバックスの分厚い、パンみたいなドーナツは、ナイフとフォークで食べたいからやめた。
ディーン&デルーカの前を通ったので、少し覗いてみた。
友達がここのパンやお菓子が好きで、買い物に付き合ったとき、ずいぶんと幸せな気持ちになった。
きらきらの、マフィンとかパイとかクロワッサンを見つめながら、バナナパンケーキと目が合った。
一周見てまわったけれど、バナナパンケーキを買って帰ることにした。
バナナパンケーキは、ジルベルトを思い出す。
ジョアン・ジルベルト。
「ボサノバの神様」、昔の恋人に教えてもらった。
確か、「バナナパンケーキ」とか「バナナケーキ」とか、そういう曲があった気がする。
タイトルだったか、内容だったか。
英語が得意でないので、何も覚えていないけれど。
ジルベルトの、陽気でやさしい歌声だけは、今でも思い出せる。
それは、晴れた午後のひだまりみたいな声だった。
コーヒーを飲んで、バナナパンケーキを買ったりしたら、今日働いた給料を越えてしまうかもしれない、という気持ちとか、心配もあった。
そりゃあそうだろう、と思う。
だけどきっと
家でずうっとごろごろしているよりも
外に出て、少し働いて、コーヒーを飲んで、好きな”おやつ”を買う。
それが、支出計算上の「マイナス」だとしても、わたしの人生は、今日の出来事は、決して、マイナスではないのだと思う。
いまは、そんなふうに思えるようになった。
うまく言えないけれど、絶対にそうだと言いきれる。
身体は重い、今日おとなしくしていたら、明日はフルタイムで仕事に行けた。かもしれない。
でも、そうだとしても
晴れた午後、コーヒーとバナナパンケーキを持って歩くこの幸福は、ナニモノにも代え難いと断言する。
家に帰って少し休んでから「今日はもう仕事サボっちゃおうかな」と思った。
「帰ったら事務処理をリモートでやります」と伝えたけれど、「無理しなくていいよ」と言われていた。
もはや何が無理なのかわからない。
「よっしゃやるぞ。食うために」と思えない時点で、自分の身体は何かしらのエラーを訴えているのだとは思う。
それでも、持ち帰ったアイスコーヒーをタンブラーにうつして、氷を入れて冷やして、パソコンをつけた。
文章を書くことと、タイピングが好きでよかったと思いながら、いくつかのメールを返したあと、バナナパンケーキを食べた。
ふたつに切って、手で掴んで。
バナナパンケーキは思ったより甘くなく、健康的で、たくましい味がした。
それからもう一度伸びをして、もう少しだけパソコンと向き合うことした。
※オータムブレンドの話
※ハチミツとクローバーのはなし
※now playing
※内緒話はメンバーシップにて
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