てめえのはんどる
「それでも運転席から降りたらいけないよ」
隣に座る恋人が、真剣な眼差しでそっと呟く。
うん、そうだね。ちゃんと両手で握らないとね。
新進気鋭の人類学者インゴルドはこう考察する。
向かい合うより、横並びの方が親密になれると。
向かい合う時。
それは、相手の背後ばかりを見て、嘘に気づかず
誤魔化し合い、意識が散漫してしまう。
隣に並んで歩く時。
目をじっと合わせずとも、景色を共有しながら、
互いの歩幅や距離感を感じ、呼応していく。
不思議なことに、思い返すと、君を好きだと
感じる瞬間は、どれも綺麗な横顔ばかりで。
夏の北海道で、バスに並んでに揺られている時、
深夜2時、銭湯帰りのお散歩や公園のベンチ、
小さなキッチンに2人で並んで餃子を包む瞬間。
同じ高さで、同じ景色を、綺麗だねって呟いて。
頬を赤らめ、「好きだよ」なんて言ったりして。
今度こそ、ずっと、ハンドル離さないんだから。
だから、君も、ずっと離さないでね。