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夢先案内する からだ | saki

とある靴屋で足の計測をしてもらった時のこと。
芸術作品を目の前にするように、私の足に触れて眺めながら「転びやすいですか?」と店員さんは話しはじめた。
続けて「骨盤が開き過ぎていて背骨の軸がグラグラした状態です。重い頭を支えるため歯を食いしばって支えています。」と。

ただ、足に触れただけなのに…!?

全く自覚がなく身体のことを何も知ろうとせぬまま無意識に年輪を重ねてきたが、フラッと立ち寄った店先で思いもよらない形で"何か"が繋がることに驚きつつ、店員さんの言葉は水の如く、するする入っていった。

思い起こせば、躓くものがない平らな道でも足を挫いて転ぶことが度々あった。何故か階段の昇り降りに恐怖を感じていたのは、軸が不安定だったからか!と合点ボタン高速連打したいきもちになった。

幼い頃は見本・手本となる友だちをモデルにして、仕草や行動までも模倣して過ごしていたこと。
保育の現場で働くようになり様々な人々の立場・持ち場に同調し過ぎて、自分の子ども観・保育観が激しく揺れたこと。
感性や感覚、心に触れることが有り余るほどあるのに、それを頭で理解しているつもりでも行動に至らず現実にも反映ならずで、もどかしく歯痒い日々のこと…。

店員さんから掛けてもらった言葉をきっかけに、如何なる状態・状況でも絶えることなく滞りなく動き続けてくれている身体に、ただただ感謝のきもちが湧いた。

暗闇をもがきながら、悪戦苦闘していた時代、時代の自分に「今日までよく頑張って、生きてきたね。日々ほんとうに、よくやっているよ。」と、ガシッと熱い抱擁をし言葉を掛けると、深く鎮まる感覚になった。

ひとつ、またひとつと…バラバラになった欠片を漆を塗っては乾かし、最後に金の粉をかけて修復された器の作品を眺めるようだった。 

これを機に、自分の身体をもっと知りたい。
より心身が心地よさを体験・体感するには、どうすればいいだろう。そんなことを考えていた矢先、身体を使ったワークショップに参加した。

『腰が入る、肚が座る、呼吸・声に現し、その響きで身体を満たす』というもの。
私の取り組む姿勢をみた先生からは「あなたは"受けやすい"ので、前傾姿勢を意識してください。」と助言があった。

たった数時間共に過ごしただけなのに!?

身体は何も言わないけれど、みる人からみれば筒抜けなのか…と度々"受けすぎ"が露わになっている。

それからというもの肚に力を入れる、腹巻をする、床拭きや手洗い洗濯する時は しゃがんで つま先立ちの前傾姿勢で行うなど。
目には見えない暮らしのなかに動作を取り込み、反復のなかから日々の自分の体調、状態、様子をみている。

今の自分に心地よく安心して、自分を知る手がかりを身体、行動から人生の道案内をしてもらっている。














目を留めてくださり、ありがとうございます。 いただいたお気持ちから、自分たちを顧みることができ、とても励みになります! また、皆さまに還元できますよう日々に向き合ってまいります。