小説 | 島の記憶 第7話 -未来-
前回のお話
婚礼の翌日、私はいつも通り山の神殿へお勤めに行った。
昨日の宴で沢山食べたせいか、今朝は食欲がなく、私は朝ご飯を食べずに神殿へと入っていった。すると、いつものロンゴ叔父さん達だけではなく、今日は叔母さんや長老のタンガロアお爺さんまで神殿の中にいて私を待っていた。
「どうしたの?今日はこんなに沢山・・・」私は少し狼狽して尋ねた。
「ティア、びっくりさせたね。まずはいつも通りお勤めをしようか」
ロンゴ叔父さんは優しく言って、私をいつもの場所へいざなった。
神殿のいつもの床に座り、姿勢を正して目をつむる。体の芯から頭頂に向けて一本の筋が通るようにして、頭を空っぽにする。やがてうっすらと光が見えてきた。
何か気味の悪い生き物がいる。大勢の人たちが叫んでいる。家がめちゃくちゃに倒され、雨に濡れた人たちが座ったまま泣いている。
久しぶりに見た不気味な光景に、私はひるみそうになった。その途端、目の前にあった光景は消え去った。
私は見たものをそのままロンゴ叔父さんに伝えた。
「気味の悪い生き物か。動物だったかい?それとも人だったかな?」
「わからない。四つ這いになって歩いているのも沢山いた。全体的に白っぽくて、大勢いた。人なのかどうかも分からなかった」
「場所はこの村だったかい?それとも別の場所?だれか知っている人はいたかい?」
「場所はこの村と同じ風景だった。でも泣いている人が誰だったのかははっきり分からなかった。叫んでいる人の声も、誰のものだったか分からなかった。あんな声、聞いたことがない。」
「そうか・・・天気は雨だったんだね?」
「うん。みんな髪が濡れて、土もぬかるんでいた」
「わかった。ありがとう。今日はここまでにしよう」
ロンゴ叔父さんは、叔母さんの方へ向き直って言った。
「アリアナ、どうしても今日じゃなきゃだめかな。ティアが見たものは普通じゃない。この子の負担を考えると、また改めて別の日にした方が良いような気がするんだが」
「いいえ、ロンゴ。ティアの今後を考えると、どんな時でも冷静に対処できるよう、今から訓練が必要だと思うの。このまま話を進めましょう。ティア、怖いものを見たのね。少しココヤシの水でも飲んで落ち着きましょうか」
そう言って叔母さんは奥からココヤシの実をとってきてくれた。ココヤシの上をナイフで割って、手渡してくれる。私はうっすらと甘いその水を飲みほした。
私が一息つくと、タンガロアお爺さんがゆっくりと話を切り出した。
「ティア、今日私たちがここに来たのは、他でもない。あなたの今後の人生について少し話しておこうと思うんだ。昨日従姉の姉さん達や兄さんたちの婚礼を見たね。そして立派に歌の役目も務めた。周りの子達は15歳で大人の仲間入りをするのだが、あなたの場合は少し違う。
ロンゴから聞いているけれど、あなたの予言は的中率がとても高い。しかもほぼ毎日お勤めをしっかり果たして、村に貢献してくれている。これは、あなたの叔母さんのアリアナや、その叔母上のミアにも匹敵する。あなたは今まで他の人と比べられることがなかったからもしかしてピンとこないかもしれないけれど、あなたの能力は人一倍高いんだ。
村としては、あなたを叔母さんアリアナの後継として正式にお勤めを始めてほしいと思っている。」
ここまで言って、タンガロアお爺さんは叔母さんの方をちらりと向いた。
叔母さんが話を続ける。
「ティア、あなた、今好きな子はいる?」
いきなりの質問に私は面食らった。
「ううん・・・」
「好きと言っても、従姉のお姉さんたちのように、将来もずっと一緒にいたいような人。誰か思い当たるかしら」
叔母さんは続ける。一体この質問は何なんだろう。
「お姉さん達みたいに他の村の人と一緒に暮らす、っていうのはまだ考えられない。もしいるとしたら、お兄ちゃん。お兄ちゃんだったら、ずっと一緒にいたいな。離れて暮らすのは考えられない」
叔母さん達は少し安心したように顔を見合わせた。タンガロアお爺さんが話を続けた。
「わかったよ、ティア。今から話すことは、あなたにとっては少し残酷な事かもしれない。神殿の巫女になるということは、この先誰かと結婚して子供を作ったりすることができないことになっている。一生独身を貫いて、神様の花嫁として生きていくことになるんだ。もちろん神様があなたを愛してくれて特別な能力をくださったから、あなたはこうして村のためになる大きなお役目を果たせるようになっているんだ。
ただ、もし今君が誰かと将来をともに過ごしたいと思う人がいるのであれば、それは止めない。巫女の跡継ぎについては心配しなくていいんだ。
あなたにこの話をするのは少し早いような気がするのだが、あなたは巫女としてとても能力が高い。できればこの村にとどまり、皆のためにお勤めを果たしてくれるのが、村としても大変嬉しい事なんだ。」
あまりの事に、私は言葉が出なかった。それを察したのか、ロンゴ叔父さんが続ける。
「自分の大切な将来のことだ。今日、今この場所で決めることはない。帰ってお母さんやお婆さんに相談してもいい。あなたの心が決まったら、将来をどうしたいか私たちに教えてほしい。急がなくていいよ。じっくり考えて決めてごらん」
ふと気が付くと、涙が頬をつたっていた。別に悲しくもなんともないのだが、ただいきなり目の前に現れた将来の自分の勤めの大きさに、気持ちの整理がつかなかった。
「いきなりこんな話をして悪かったわね。今日の所は、お話はこのくらいにしておきましょう。落ち着いて、と言われても無理かもしれないけれど、泣きたかったら思いっきりお泣きなさい。」叔母はそう言って、私を真正面からぎゅっと抱きしめてくれた
気が付くと、私は叔母の腕の中でむせび泣いていた。泣くことはない、と頭の中ではわかっていても、体が言うとこを聞かない。泣くなんて子供のすることなのに。そう言い聞かせても、涙は止まらなかった。
私が叔母に見送られて家に帰ると、神殿の中ではタンガロアお爺さん、叔母さんとロンゴ叔父さんの間で話が続いていた。
「アリアナ、君の場合は叔母上の体調のせいで、この話をしたのはあなたが10歳のころだったかな」タンガロアお爺さんが記憶を頼りに言う。
「ええ。まだ幼かったから何もわからないまま将来を決めましたが。若いころは自分の判断があっていたのか間違っていたのか、悩むこともありました。」
「しかし、カイがティアを気に入っているのは、村の誰もが知っていることだよ。カイは来年成人だろう?今決めておかないと、ゆくゆくはどちらに対しても可哀そうなことになるよ」
「幸い、ティアは年より気持ちが幼いですね。ヒロがしっかりしているから頼り切っているのも分かりますが・・・でもいずれ兄からも自立しないといけないかもしれませんね」
「長老の座も、いずれ若い衆に預けなければならない。ロンゴ、お前の所の息子はその後どういっている?
「ヒロが成人したから、あの子がなればいいとの一点張りですよ。確かにヒロは、人を引き付けるところがある。リーダーシップもあるけれど、心が広くて優しい子だ。タンガロア、あんたの後を継ぐにはぴったりだと思うけれどね。」
「でもカイも人を引っ張れるだけの度量はあると思いますよ。アリキもその気になれば人の上に立てるようになるかもしれない」
「まあ、長老の座を継ぐには、あの子たちはまだ時間があるよ。ティアが巫女を正式に受けてくれれば、誰かが二人で村を引っ張っていかなければならない。ヒロとティアの二人でやってもらうか、それとも別の長老にまかせるか・・・しばらくは様子を見ないといけないな」
そう言うと、タンガロアお爺さんはしばらくぼんやりと遠くを見つめていた。
(続く)
(このお話はフィクションです)