【企画SS#ハマった沼を語らせて】推しの顔面が強い？

　推しの顔面が強い、という謎ワードに日々殴られている。
「なんだ顔面が強いって」
「強いのよ、最強なの。世界一だからね！」
　彼女はそれしか言わない。
　彼女がBTSにハマった、と言い出したのは12月だ。11月の終盤、たまたま動画配信で見た『Permission to Dance』の国連Ver.で落ちたという。深い深い沼に。
「スーツのイケメンが会議場で踊ってんのよ。そして青空の下に飛び出すのよ！もうこの設定自体が強すぎる」
　なんだ設定が強いって。
「スーツのイケメンが！しかもみんなしてスタイルも良いのよ！それがジャケットありなし、腕まくりありなし、黒髪カラーヘア、短髪長め帽子付き、ビジネススタイルのあらゆる萌え要素をカバーして歌って踊るのよ！もう無理」
　何を言っているのかわからない。なんだビジネススタイルのあらゆる萌え要素って。
　それ以来、家ではいつもBTSの曲が動画配信で流されている。無限に。そして彼女にとって始まりにして至高の曲、『Permission to Dance』（国連Ver）が流れると会話も打ち切られ、彼女は画面に見入る。
　ウソだろ。俺を放置して？
「ここのテテの表情ほんとあざとい、可愛すぎる。ジミンの声やばい、なにその透明感。なんでこんな狭い不安定な場所でなめらかに動けるの？背中に目があるのかな」
　早口過ぎる。
　曲は『Dynamite』に変わった。彼女にとっては二番目の推し曲らしい。推し動画というべきか。彼らの曲にはMVに加え、MVではないパフォーマンスビデオなるものもあるという。この曲の場合、『'Dynamite' @ America's Got Talent 2020』という動画が最強だそうだ。
　どうせ会話にならないので、一緒に動画をみることにする。遊園地のような場所で、アメリカの古い年代を思わせる衣装を着たメンバーが踊っている。まるでミュージカルだ。
「テテはこの動画が至高！髪型、メイク、衣装、完璧すぎる。美しい！」
　うるさい。どうやら彼女が叫んでいるテテなる人物が、「顔面が強い」らしい。
　たしかに整っている。アジア人っぽくない顔だな、というのが第一印象だ。彫りが深く、パーツがはっきりしている。背が高く骨格も太い。
「片岡愛之助に似てんな」
　彼女がギッとこっちを見た。怖い。
「私もそう思った」
　そうなのか。
「愛之助って美形なんだね。世界一と似てんだもんね」
　年齢を考えると似ているのがどっちなのかアレだが、怖いので黙っておく。テテは「世界で最もハンサムな男性」的なもので一位を獲っているらしい。どんなランキングなのかは不明だが、まぁこの顔なら獲るだろう。間違いなく、グローバルに美しい顔だ。
「こっちの細い人」
「ホビ」
「松嶋菜々子に似てね？」
「私もそう思った」
「この白い」
「ユンギ」
「松田龍平に似てる」
「わかる」
「この一番ゴツい」
「RM」
「及川光博っぽい」
「…目元…？流し目の色気…？」
　そんなことを言い合う。なんせ他の話題はスルーだ。
「この、テテってのが好きなの？」
「そうね、顔が強いから。もう目が離せないから。でもみんないいの、このジミンの歌とダンス、色気やばくない？あと見て！グク、ちょーーーーーー可愛くない？顔立ちも表情も。可愛いよね」
　早口過ぎる。
「ジンくんの声もいいよね。ちょっと鼻にかかった感じが切なくて。瞳がキラキラしてて、キリッとしたハンサム顔なのに可愛さ出してくるし、イジられ長男とか最高だよね」
「長男？この人たち兄弟なの？」
「はぁ何言ってんの、そんなわけないでしょ」
　どういうことだ。勢いが怖い。
　彼女がマシンガンよろしく語ったところによると、儒教の教えが根強い韓国では年齢による縦社会が厳格で、それはグループ内でも適用されるらしい。彼らは家父長制下の兄弟のような関係にあるという。
「ジンヒョンなのよ」
　ヒョン、というのは年下男性から年上男性への敬称で、「兄さん」に相当するようだ。その関係性自体も、彼女にとっては「萌えポイント」だそうで。
　ソウデスカ。
　彼女の勢いは止まらない。そして日に日に増していく。すっかり、明確に、沼にハマっている。
　そのうち仕事と寝る時間以外はすべてBTSになるのだろう。いや寝ている間も夢でBTSなのかもしれない。沼は怖い。そして沼に時間が溶けていくということは。
「ねぇ、今日ってデートなんだけど、わかってる？」
「そうね、一緒にいるね」
「会ってから、俺以外の男の話しかしてないんだけど」
　顔を覗き込むと、彼女はきょとんと目を見開く。
「さすがに、ちょっとひどくない？」
　顔を近づける。そのまま、唇を…
「何言ってんの、もはや彼らは私の生き甲斐。男とか女とか恋人とか友人とか関係なく私の支えなの！これがないと生きていけない！！」
　俺の顔を押しのけ、彼女は絶叫する。
　ウソだろ。この流れで、拒否？
　…沼は怖い。