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【読書記録】『まず良識をみじん切りにします』
一言で述べるなら、この本は、混沌(Chaos)である。
私は、今初めてこの言葉を誉め言葉で使っている。
これを書こうとした作者に、私は称賛を贈らずにはいられないからだ。
<<読書メーターの自分の感想より>>
一言で表すなら、混沌(Chaos)な小説である。混沌の中で奇異な出来事が次から次へと起きていく短編集。作者が芯として伝えたいことはもとより、世の中へのパラドックスを感じる1作。浅倉さんの作品を読むのはこれで2冊目。前に読んだのは、『六人の嘘つきな大学生』。それとは違う雰囲気に同じ人が書いたのだと気が付くのに時間がかかった。良識を英訳でCommon Senseと表現しているが、この表現には、日本語でいう「やってはいけないこと」も含まれている。つまり、やってはいけないことがこの小説で疑似体験できるのである。
やってはいけないことの疑似体験
5つの短編集をまとめたのが本作であるが、どれもやってはいけないことや、通常の良識の範囲ですべきではないことのオンパレードを体験できる。
そして、そのオンパレードを通過していく中で、自分の代わりに主人公がやってくれている、つまり疑似体験的な感覚を味わうことができるのが、この作品の一番深いところである。
一番共感したのは
プロ野球選手を主人公にした「ファーストが裏切った」である。言葉と言葉のつなぎ方、そしてその使い方もとても素晴らしいのだが、何よりも、主人公の不気味さ、人間のもう一つの一面(その人自身もわからない)と対峙しながら、読み進める、そんなドキドキ感がたまらなかった。
そして、何となくこの主人公の気持ちが
わたしはわかるのである。
「絶対、それは起きることはないだろう。」
「そんな奴いるか?」
「まさかの、ファーストの裏切りって・・・」
まわりのそんな心境はどこ吹く風、彼はやってしまうのである。
ネタばれしてしまうので、このぐらいに留めておくのだが、前述したようにこの主人公の気持ちがわかるのである。わかるようになると言った方が正しいかもしれない。
私は思う。人間というのは、良識を守ろうとする心の力と、社会通念上必要とされる壁みたいなものに挟まれて生きていくことが常であるのだと。
そして、それがいわゆる普通で(普通という言葉は好きではないが)、安心感や充足を得られる1つの手段にもなっているのだと。
この2つの膜を打ち破った主人公、そしてこの主人公を描いた作者に拍手を送りたい。
クロワッサンを、食べたくなくなった
次に、衝撃を受けたのは「行列のできるクロワッサン」である。
世の中の流行に乗る風潮への風刺を感じた。
「みんなが持っているから」
「みんなが好きだから」
「みんながおすすめしているから」
うーん、はっきり言ってそういうのって私は好きじゃない派。だからこそ読んでいて反面的に納得し、「うむ」と考えさせられたのだと思う。
ラストシーンのオチはなかなかの読みどころ。結局は・・・という流れが読んでいて後味の「良さ」と「悪さ」の両方を体験できる。
つまりは、サンドイッチなのに付け合わせにみそ汁を提供されたかのような後味である。好みの問題で、この組み合わせが好きな人もいるのでしょうけれど。
ちなみに、クロワッサンは食べたくなくなりました・・・。
みじん切りにしてくれたおかげで
食べやすく、消化しやすくなり私の心の、ふつふつ・モヤモヤとしたものも取っ払われていったように思う。悩める心の救世主となった1冊。
さて、今度は自分の中のCommon Senseをみじん切りにして、新たな皮を脱いだ私に出会いたいものです。
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