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naotadano.com
2021年1月19日 15:45
2020年10月に書いた物語を、ここにアップさせていただくことにしました。みなさんに読んでいただくのは、はっきり言ってたいへん恐いのですが。あえて、公開することにしました。ぜひ、多くの方々に読んでいただき、コメント欄にて、ご感想をお聞かせ願えるとうれしいです。さて、2020年の7月にnoteを始め、これまで174本の記事をアップしてきましたが。ここで改めて少し、自己紹介をさせて
2021年1月19日 15:53
だいぶ前にメモしておいた番号をタップした後、私は少しドキドキしながら、スマホを耳に押し当てた。電気的な呼び出し音が響く。一回、二回、三回、数えている途中で回線がつながった。「もしもし、ミホ? 私、ミズキ。小学校のとき……」 そこまで名乗ったところで、受話器の向こうに息を呑む気配がした。「うっそ、なぜなぜ星人ミズキちゃん?」 ずいぶんと懐かしいあだ名を耳にし、にわかに居心地が悪くな
2021年1月20日 12:34
相変わらず顔が広いミホのおかげで、ほんの二日ほどで無事、浜田くんの電話番号を手に入れることができた。 けれどさすがに、ダイヤルするのは気が引けた。浜田くんとは特に仲が良かったわけでもないので、十中八九、私のことなど忘れてしまっているはずだ。 でも、電話しないわけにはいかなかった。他でもない、キイちゃんがSOSを求めているのだから。最終的には断られるとしても、浜田くんには、話だけでも聞いて
2021年1月21日 08:21
その夜、浜田くんから連絡が来たのは、十一時を回ってからだった。早めに仕事を終え、電話を待ち構えていた私は、すっかり待ちくたびれていた。「遅くなって、悪い。田代のことがどうとか言ってたけど?」 なのに待たせた当の本人は、形だけわびはしたものの、挑むような口調を崩そうとしなかった。「ううん、大丈夫。こっちこそ、さっきはごめんね」 私は少しでも落ち着かせようと、意識してゆったりとした口
2021年1月22日 08:43
私たちが通っていた小学校は、立派な区立のスポーツセンターになっていた。まだできてからそれほど経っていないらしく、木を組み合わせて建てられたオシャレな建物は、隅から隅までピカピカだった。建物の向こうに見える芝生も、朝日にきれいに映えている。 浜田くんが来る前に、私は周囲を一周してみた。開館は九時なので、まだ中に入ることはできなかった。それでもかつて裏門があった場所は、だいたい見当が付いた。
2021年1月23日 09:04
そこは、車がやっと一台通れるくらいの、細い道だった。面した家々に昔のたたずまいはまったくなく、外観がどれもいっしょの建売住宅や、低層の集合住宅ばかりが密集して建っている。 その中を私は、ゆっくりと歩いた。どこに向かえばいいのかは、分っていた。いや、頭で分っているのとは、ちょっと違う。あの日の記憶と照らし合わせようとしたところで、仕方がないことは明らかだったから。 その代わり私は全神経を集
2021年1月24日 18:19
キイちゃんがこちらに背を向け足早に歩き出すと、私はそれを追った。「キイちゃん、待って。病気は直ったの?」 そのとき、浜田くんに手首をつかまれ、強引に引き留められた。「早く追い掛けないと、キイちゃん行っちゃうよ」 私は、慌てて言う。あの日の自分を、自ら演じている感覚だった。もたついている私たちを、キイちゃんは足を止め、待ってくれている。「相原さん、どうしちゃったの? 誰もいない
2021年1月25日 08:32
浜田くんが回復すると、薄暗い中、私たちは改札の方向へと移動を始めた。 記憶によると〝デブっちょ浜田〟は、とても気が弱かったはずだから、ここらで弱音を吐いてもおかしくはなかった。にもかかわらず、あの夏も彼は、黙って私の後を付いて来た。よっぽどキイちゃんに、思い入れがあるのだろうか。 二人は保育園のときからの、幼なじみだと聞いていた。私がキイちゃんと仲良くなったのは三年生のとき同じクラスにな
2021年1月26日 08:36
「いないねぇ、田代……」 階段の影になっているところをのぞき込みながら、浜田くんが言った。そう、目の前で消えちゃったのよ、困ったことに。下の階へと続く階段を見下ろしながら、私も言う。「この下がホームだと思うけど、真っ暗。これじゃ先に、進めないね」 前に来たときには、ホームに灯りは点いていた。それは、間違いない。でもいまは、下方からの光はまったくなかった。完全な、真っ暗闇だ。 と、そ
2021年1月27日 18:54
自殺の理由を、多嶋先生はなかなか口にしようとしなかった。でもこう見えて私、千人以上もカウンセリングしてきた実績のある、プロなの。だから、重い口を開かせる方法も、知ってるつもり。「ねぇ先生、子供の私じゃ役不足かもしれないけど。もしよかったら、何があったか聞かせてくれない? だって先生、もう死んじゃってるんでしょ? だったらこれって、夢みたいなものじゃない。夢なら何を言っても、恥ずかしくなんてな
2021年1月28日 07:58
『キイちゃん? どこにいるの? 突然いなくなって、びっくりしたわ……』 私は救われた思いで、こころの中で呼び掛けた。『ごめんね、ミズキちゃん。私はもう、そっちの世界には入れないから、ああやって影を見せるしかなかったの』『影?』と、私は聞き返す。『いい? 驚かないで聞いてね。いまミズキちゃんたちのいるそこはね、私のイメージの中なの』 キイちゃんは、言い聞かせるように、ゆっくりと言
2021年1月29日 09:47
我に返ると、目の前でまだ、先生はすすり泣いていた。その様子を見て、私は素早く考えを巡らせる。 確かに、先生が直接、浜田くんに謝ることのできるチャンスはいましかない。それを浜田くんが聞いていようがいまいが、先生にとっては、謝るという行為が気持ちの整理につながるはずだ。「ねぇ先生、せっかくこうして会えたんだから、浜田くんに直接、謝ってみたら? まだ気を失ったままだけど、うとうとしながら聞いて
2021年1月30日 08:06
電車が闇の向こうに完全に消えてしまってから、私は浜田くん元へと戻り始めた。長くて暗い階段も、浮き立つ私の気持ちを静めることはできない。足早に上り切る手前で、またあの重い音とともに階下の明かりが消える。 私はこころの中で、恐らくもう二度と来ることはないだろうホームの様子を、最後にもういちど思い描いた。 浜田くんは穏やかな寝息を立てながら、まだ寝入っていた。その顔をのぞき込んだとき、別の何か
2021年1月31日 07:54
小学生のころの坂本美和は頭がよく、スポーツも万能で、身体も大きく、男子ですら逆らうことができないような〝目立つ存在〟だったそうだ。特に五年生になるとバレー部のエースとして大活躍し始め、周りからは女王さまのように扱われるようになった。 そんな彼女がクラス担任であり、バレー部の顧問でもある多嶋先生に恋心を抱くようになったのは、最上級生でもない彼女を、先生がエースに抜擢してからだった。 意を決