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人生の味
公園。
遊んでいるお父さんと二人の子供。
「もうギブギブ。
ちょっとお父さん休憩させて~。
あと二人とも、そろそろお水飲もう」
子供たちは水筒の水を飲むと、
また二人で遊び始めた。
お父さんは重力に身を任せるよう、
ドカッとベンチに座った。
その隣には年配のサラリーマン。
「お子さんたち、元気ですねえ~」
「ええ。体力が有り余ってます。
もう付いてけないですよ。
自分もあんな頃があったなんて、
今では信じられないです」
「誰だって自分がこうなるなんて、
想像してませんから…」
「今日はお仕事ですか?」
「いえ。
お恥ずかしい話なんですが、
もうとっくに定年退職したんです。
でも家で何していいのか…。
あまりの居心地の悪さに、
まだこうやってスーツを着て、
妻が作ってくれた弁当と、
コーヒーを片手に、
時間を潰してるんです」
「そ、そうなんですか…」
「人生って何なんでしょうね…。
一生懸命働いてきました。
それが当たり前だと思って。
そしてそれが当たり前のように、
家族には感謝されてると、
思ってたんですが…
違ったみたいです。
休日、リビングにいても、
誰も何も言ってこないんです、私に」
「……」
「もっと受け入れられると、
思ってたんですよね、家族に。
労いや感謝があると…。
でもこうやって公園で、
他所様の家族を見てたら、
気付いたんです。
自分は自分のことしかしてなかったって。
休日も私は家で仕事してました。
子供の相手は妻の方が慣れてるからと…。
でもそもそも仕事なんて、
妻と一緒になる前からしてたわけで。
家族ができてから急に、
家族のために一生懸命働いてるって、
私は言うようになってたんです。
おかしいですよね?」
「でも、
頑張ってこられたんでしょ?」
「まあそれなりに…。
自分の稼ぎで、
家族は不自由なく生活でき、
尊敬されてると…。
ここで子供と遊んでいるお父さんを見て、
一緒に過ごした時間があるから、
情が生まれるんだということに、
いまさらながら気付いたんです。
私と家族は愛情…
いや、感情すらも芽生えてない。
情けない話です。
でも気付いたところで、
何をしていいかもわからず、
ここにまた来てしまう」
「今からでも、
いいんじゃないですか?」
「そうでしょうか…?
子供もすっかり大きくなって、
私なんかよりもしっかりしてます。
最近は私の方がド忘れが多くて、
子供に注意されることが増えました。
必要と…される…
ところが無くて…」
喉の渇きを、
コーヒーで潤す男性。
「このコーヒーは…私なんです。
暑いので氷を入れてくれてます。
でもすっかり溶けてアメリカンに…。
味がぼやけて薄らいでく感じ…。
そして、あとに残るほろ苦さ…。
まるで私の人生そのものだなって、
飲みながら思うんです」
「そんなことは…」
二人の子供が、
お父さんのところに駆け寄ってきた。
「お父さん、いつまで休んでるの?」
「お父さん、何の話してたの?」
「ああ、ごめんごめん。
この人とコーヒーの話をしてたんだ」
「コーヒー?僕はダメ。
苦いんだもん」
「そうだよね…
苦いのは…受け付けないよね…」
年配の男性は呟く。
もうひとりの子供が言う。
「そんなことないよ!
あんなの牛乳とたっぷり砂糖入れれば、
美味しいよ!」
「え?!そうなの?!
僕、それ飲んだことない」
「あとママが教えてくれたのは、
生クリーム乗せると、
超美味しいんだって!
苦ければ、甘くすればいいのよ。
って、ママ言ってたよ」
大人二人は顔を見合わせた。
「あははは」
「アハハハハハ。
ありがとう、僕。
そうだよね、甘くすればいいんだよね。
オジさんも試してみるよ。
じゃあ、これで。
さようなら」
そう言って、
男性は嬉しそうに帰っていった。
このお話はフィクションです。
実在の人物・団体・商品とは一切関係ありません。
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