株式会社 妖怪
転職したばかりの中年男性。
「北路さん。
どうです?
仕事慣れました?」
「あっ、どうも草壁さん。
…全然です。
間違ってばっかりで…
また今日も、注意されました」
「まだ来て3日でしょ?
仕方ないですって。
それよりうちの課の人、
みんな覚えました?」
「まだ顔とお名前が一致しなくて。
さっきもお名前間違えて…
注意されたばかりです。
私、この仕事…
向いてないのかな…」
「真面目だなあ、北路さんは。
そんなに焦らなくても、
いいじゃないですか」
「でも、中途採用なのに…
失敗ばかりで迷惑掛けちゃって…。
今から辞表…書こうかなと…」
「諦めるのが早いですって。
最初はみんな、そんなもんですよ」
「そ、そうですか…。
でも、仕事も…
会社にも馴染めないなんて…私は…」
「じゃあ、北路さんのために、
僕のとっておきを教えましょう!
社員ひとりひとりの特徴を、
補足紹介してあげますよ」
「え、そんな。
いいんですか?」
「みんなこの前の顔合わせの時は、
名前しか言ってなかったから。
どんな人物かわかれば、
名前も覚えやすいですよね?」
「は、はい」
「じゃあ、まずは部長」
「部長はわかります。
面接でもお会いしましたし」
「あの人、
名前は漆瀬康一って言うんです。
通称 聞く耳なし康一。
で、あそこの…」
「す、すいません。
その通称が…
とても気になったんですけど。
何ですかそれ?」
「あ~そこ?
気になります?」
「はい、とてもとっても」
「あの部長は、
とにかく人の話を聞かない。
そして人の意見も聞かない。
だから聞く耳なし康一。
だから言いたいことがある時は、
メールや書面がマストなんです。
わかりました?」
「わ、わかりました。
凄くわかりやすかったです。
もう、覚えました」
「じゃあ次ね。
あそこの年配の眼鏡の人」
「あの茶色いジャケットの方」
「そうそう。
あの人は営業の小林さん。
通称 嘘泣きジジイ。
で、その隣が…」
「すいません。
もしかしてあだ名って、
みんなにあるんですか?」
「ありますよ、当然。
僕はいつも、
そうやって覚えてるんです。
まあ本人は知らないでしょうけどね」
「そ、そうでしょうね。
わかりました。
続けて下さい」
「で、その隣が営業補佐の鈴木さん。
通称 声掛けババア。
トーク力は凄いんです。
社内ナンバーワン!
でも仕事もしないで、
人とお喋りばっかりしてて、
業務時間の8割は無駄話って噂です。
北路さんも気をつけて下さいね。
捕まったら最後らしいですよ」
「は、はい。
気をつけます」
「その向かいの女性は、
僕の同期の高橋さん。
通称 コネ娘。
彼女のお父さんは、
この会社の親会社の社長さん。
親が金持ちって、いいよね~。
試験もなんにもないから。
で、あの窓際のおじいちゃん。
わかります?」
「どなたですか?」
「ほら、あのグレーのジャケットの」
「あ~はいはい。
あの他の社員さんを、
チラチラ見てる人ですね」
「そう。
あの人はねずみ講男。
まあ、こんなもんかな?」
「すいません。
あだ名じゃなくて、
お名前も教えてほしいんですけど」
「あ~ごめんごめん。
なんだっけ?
え~と、確か平家か源氏…
どっちだったっけ?
忘れたけど、たぶん平家さんです」
「はあ。
ちなみに何で、ねずみ講男なんです?」
「ここだけの話…どうやらあの人、
副業してるみたいなんです。
健康食品と聞いたことないお水を、
近所のお年寄りに売ってるんだって。
毎日仕事もしないで、
ああやって獲物を探してるんですよ」
「そうなんですか…。
みなさん何か凄い方ばかりで…。
あ、ありがとうございました。
わざわざ私のために、説明して頂いて。
とてもわかりやすかったです」
「じゃあ、よかった。
あっ!
大事な人、忘れてた。
社長って、わかります?」
「え~と、お顔は拝見しましたけど、
お名前、何でしたっけ?」
「野辺広志社長。
通称 のらりひょん」
「のらりひょん?」
「言ってることがいつも、
のらりくらりして、ハッキリしないから。
これで大丈夫かな」
「はい。
おかげで頑張れそうです」
「じゃ!」
(さっきまでは、
本気で辞表を出そうと思ってた…。
けど、止めた。
今はあの人に…
変なあだ名を付けられたくない!
いま辞めたらあの人はきっと、
私に…北路クビという、
あだ名を付けるに違いない。
それは何か…腹が立つし…嫌だ!
いや、あの人はもうすでに、
私にあだ名を付けてるかもしれない。
大目玉おやじとか…
老い、北路とか…)
カラーン♪コローン♪
「あっ、終業時間だ。
明日から気持ち入れ替えて、
頑張ろう!
よし、飲み行くぞ!」
お疲れ様でした。