娘にふりまわされたくない。~グルグル感情を考える~
#20240811-446
2024年8月11日(日)夏休み23日目
「これ、ヤダ。違うのがいい」
食卓に並んだ夕飯を前にノコ(娘小5)が親子丼を押しやった。
食べることに波のあるノコにしては、親子丼はよく食べるメニューのひとつだった。
ようやく、私が出したものをなにもいわずに食べるようになったと思っていた矢先だ。
「食べたくないっていう意味? いつもより少なめに盛ったけれど、量が多いの?」
「違う」
「じゃあ、違うものがいいってどういうこと?」
ノコは私を睨んでいた目をツイッとそらす。
「……お餅がいい」
「もう盛りつけたから食べてほしいな。それと、ご飯をお餅にするのはいいけど、具を食べないとタンパク質が足りない」
ご飯、お餅、麺、パン、じゃがいも。主食をノコは好む。
「じゃあ、ご飯と肉だけでいい。これとこれとかはいらない」
玉ねぎと衣に玉子をノコは箸でつつく。分離するな、分離。
なんだろう。
このため息をつきたくなるような、グルグルとした感情は。
作ったものを無下にされた、つまり料理した私をないがしろにされたと怒っている。自己防衛か。
代わりのものを提供する手間を面倒がっている。
出したものを素直に食べない、つまりノコが私の思い通りにならないことに苛立っている。コントロールしたいのか。
ノコの健康と成長を考えた献立なのに、こちらの心遣いを慮らないノコのふるまいに落胆している。
あぁ、どれだ。
いや、全部だ、全部。1.から4.までひっくるめたからグルグルしている。
深呼吸をする。ここ数日、病人扱いをしてノコが望むものを供していたから、平熱になった今もまだノコはその状況だと思っているのかもしれない。
「熱も下がったし、寝ないというのだから、もう普通の生活だよ。出されたものをきちんと食べてください。動いてないからお腹が減らないというのなら、量は減らすけど、これはイヤ、あれはイヤはなしです」
荒々しくノコが息を吐く。
「はあああああああ。食べればいいんでしょ、食ーべーれーばー!」
なんとも、まぁ、――深く息を吸って吐く――言い方が小憎たらしい。
「いただきます」
神妙に手を合わせて私は軽く頭を垂れる。心を乱すだけ、時間も気持ちを立て直す労力ももったいない。ノコのふるまいにいちいち苛立っていては、身がもたない。
静かに舌と鼻に集中し、自分が作った食事を味わう。ノコのことは考えない。
ノコはまだ食べているが、先に食べ終えた私は先に席を立ち、後片付けをはじめる。調理のあいまに洗った用具類を拭いて片付け、食器を洗う。
ついっと傍らからノコの手が伸び、シンクに食べ終えた食器を置いた。
「さっきは、ごめんなさい。酔いが覚めました」
意味がわからない。
「お酒も飲んでないし、乗り物にも乗ってないんだから酔ってないでしょ?」
「怒りがおさまった、っていう意味」
ノコは晴れやかに笑っていう。
ついさっきまであんなに不機嫌な態度だったので、戸惑うほどだ。自分で気持ちを立て直したことを好意的にとらえて普通に接するのがいいのか、正直悩む。友だち相手であれば、一方的に怒ったくせに、しばらくしたら笑いながら寄ってきた感じだ。
「それなら、そういえばいいよ。『酔いが覚めた』じゃ、通じないよ」
「だって、お酒飲むと怒るじゃん」
我が家はむーくん(夫)も私もお酒を飲まない。施設育ちのノコにとって酔っぱらいは未知の存在で、TVや漫画にしか登場しない。
「蘭姉ちゃんちのさ、小五郎のおっちゃんが酔っぱらうと、怒鳴ったりするじゃん」
漫画「名探偵コナン」のヒロイン毛利蘭の父親である小五郎は確かに酒癖が悪い。気が大きくなることもあるが、怒声をあげることもある。
「そりゃあ、怒る人もいるけどね。お酒を飲むと、『笑い上戸』っていっていっぱい笑ったり、『泣き上戸』って泣きまくったり。あとは寝ちゃったり、服を脱いじゃったり……あんまり変わらない人もいるし。いろいろだよ」
「脱ぐ! ええええ、なにそれ、キモイ!」
ノコが大声で叫んだ。
ママにとっては、「怒りがおさまった」ことを「酔いが覚めた」というほうが驚きだよ。