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本日の本請け(2024.12月)

本の感想を、そのとき食べたものや飲んだものと共に綴っています。

『檜垣澤家の炎上』永嶋恵美(新潮文庫)

今年のこのミス国内編の3位。
HPを見て、恩田陸さんからの推薦の煽り?がついているのを見て、読むことを決意しました。電子書籍で読んでいて、うーん、なんだかなかなか%が進まないな〜?と思っていたら文庫とはいえ800ページもあるようでびっくりしました。

赤ワインのようでノンアルコールの飲み物、ノンアルケミストっていうらしい

横浜の大きな商家の妾の子、かな子が主人公。女主人のスエを中心に、その娘のふたり、その孫の三姉妹などが登場し、豪華なお召し物などもきらびやかさが目に浮かぶような物語。
三姉妹の父が死んだ火事で、かな子の運命は変わっていくというミステリ的な要素もあり。
自分の正当な取り分が欲しい、と願い続けるかな子が最後に手に入れるものとは。

ミステリの謎にフォーカスして読んでしまったのでちょっと冗長さも感じてしまったんだけど、出てくる衣装や部屋の内装などがどれもとても想像していて華やかで楽しかったー。
タイトルからして最後はこうなるのかな、なんて想像を巡らしていたら、そういう真相で、そういうラストかと愕然。映画を見ていたかのようなどすんとした読後感。
かな子の叫び、炎に照らされる顔まで目に浮かぶようでした。友人との友情や、恋とも言えないような心の交流が切なかった。面白かった!

『エーコ『薔薇の名前』 迷宮をめぐる〈はてしない物語〉 』図師宣忠(慶應義塾大学出版会)

『薔薇の名前』を読み終わったのですが、最初に読んだときにどうしよう、とても読み通せそうにない!と思って買ってみた本。
この本をフックにしてなんとか読み切れました。ネタバレしないように先に『薔薇の名前』を読み終わったのですが、こっちがまだ残っていたので徐々に徐々に読んで読了しました。

かわいいカップだった

『薔薇の名前』で語られている出来事の詳しいこと、羊皮紙のこと、聖書のこと。
『薔薇の名前』の舞台の頃にはどんな意味があったのか、『薔薇の名前』が書かれたときにはどんな意味があったのか、そして今、現代においてどのように捉えられるのか。
ストーリーを追うのに精一杯だったところから、もっといろいろ考えることができた。面白かった!
特に最後はとてもわかりやすかった。

紙の本においては言葉とモノとは結び合わされていたが、デジタル革命はそうした古い絆を断ち切った。(中略)
インターネットはすべてを与えてくれるが、それによって私たちは、もはや文化という仲介によらず、自分自身の頭でフィルタリングを行うことを余儀なくされる。(中略)
そうした現在、私たちにとって記憶とは何かと問われたエーコは、「考えをまとめて結論を導く技術」だと答える。つまり、「真偽を確かめられない情報をチェックする方法を覚えること」である 。(中略)
現代においても、社会や経済が危機的な状況に陥った不安な時代にあって、インターネット上にあふれる真偽不明の情報を前に、ややもすると情動にしたがって直感的に物事の良し悪しを判断してしまいがちではないか。(中略)
老アリナルドは言った。迷宮はこの世を寓意的に表していると。断片的な情報が氾濫する現代世界は、まさに迷宮としての世界にほかならない。『薔薇の名前』は私たちに問いかける。その断片をいかにつなぎ合わせるのか、どのように世界を再構築するのか。その方法をはたして私たちは習得できるだろうか。

書物は何を伝えるか──世界を読み解くとは?

このように断片を示すことは内容故に抵抗があるんだけれど(笑)、私自身の備忘録ということで……。
今年は『薔薇の名前』が読みきれてよかった!

『和歌文学の基礎知識』谷知子(KADOKAWA)

『つながる読書ーー10代に推したいこの一冊』を読んだときに紹介されていた本で、これ読みたい!と思って購入。

愛媛の方からいただいたみかん。甘くておいしかった

ずっと不思議だった枕詞について、

例えば、「命が……」は日常会話でもありえますが、「たまきはる命……」といえば、ぐっと和歌らしくなりませんか? 枕詞は、和歌の成立期において、和歌を和歌たらしめるために使われるようになったとは考えられないでしょうか。和歌の成立期において、和歌を日常会話から画するために発生したのではないか、だからこそ和歌が確立していった後代では衰退していったのではないか、と推測します。

枕詞

すごく腑に落ちました。
掛詞についても「一つのことばに二つの意味を掛けるといえば、現代の駄洒落を思い浮かべますが、駄洒落のおもしろさは、どちらかというと、二つの意味が突拍子もなくかけ離れているところにありますので、やはり本質的に違」っていて、「掛詞で組み合わされる二つのことば(意味・概念)は、おおよそ「心(人間・人事)」と「物(自然・景物)」の組み合わせで成り立ってい」る、「音の共通性を核にしつつ、人間の心情表現と、自然の風景描写が結びつけられ、拮抗しながら、重層し、融和していく」とあり、その奥深さがようやくわかった気がします。

そして上のふたつに比べると影薄めの縁語。
縁語はことばの連関、連想ゲームのようなもので、「大多数の共通認識に支えられて用い」られるもの、「誰もがその連関性に納得しないと成立し」ない。「一首の主旨(今宵の月は美しいとか、恋人に会えなくて寂しい、など)と関わらない」というのはふわっとしか知らなかったかも。

また、題詠の章で、本当に経験していなくても歌は詠めるし、桜の花の捉え方もまちまちだけれど、最も美しい瞬間はある!としてそこを詠むべき、という考え方がある、というのにはっとしました。

高校生と俳句や短歌を勉強したときのこと。
「芋の露連山影を正しうす」という俳句があったのですがこれは「サトイモの大きな葉にたまった朝露に、連なる山々の姿が整然と映っていることよ」という意味らしくて。私思わず「朝露に映る山の姿が見えるかあ?」って思っちゃったんですよ(笑)。でも美しい瞬間、切り取りたいところがそこだったんだなあって思い直しました。

あと「世の中は常にもがもな渚漕ぐ海人の小舟の綱手かなしも」という紹介されていた歌がすごく印象に残って。源実朝の『金槐集』を読んでみたいのですが、読みやすいものがないか、探したいなと考えています。

『地球と書いて<ほし>って読むな』上坂あゆ美(文藝春秋)

佐久間宣行のオールナイトニッポンで紹介されていて、すごいタイトルだな(笑)と思って買ってみました。あとから『老人ホームで死ぬほどモテたい』の人だと気づきました。こちらも書店で見かけてタイトル(笑)と思っていたのですが、あまりにもアクが強い気がして手に取れなかったんですよね。

前も短歌の本読むときフレンチトースト食べてたかも

さて読み始めて見たら、ものすごく面白い!一気に読んでしまいました。
短いエッセイがつづられていて、最後に短歌が書かれているという形式。以下から短歌が読めます。

いやしかし、面白いけれどちょっと怖くなってしまった。言語化がうま過ぎる。うっかりすると、この人の作った自分の人生との向き合い方、世界への立ち向かい方、描いたストーリーが自分のもののような気がしてくる。呑み込まれてしまいそうになって、「やばいな」ともなりました。思春期に出会ってたら取り込まれてしまったな……っていう。自我がしっかりしてるときに読むといいと思う。

ポッドキャストもやってるんだなと思ったらその番組名が「私より先に丁寧に暮らすな」というもので笑ってしまった。わかるよ、そういう気持ちある(笑)ってなる。

『耳に棲むもの』小川洋子(講談社)

小川洋子さんの新刊。小川さんの本って、紙で所有する意味をひしひしと感じる。

スコーンとコーヒー。箔押しの表紙がキラキラで好き

小川さんが原作・脚本を務めたVRアニメから書かれた短編集のようですが、特に問題なく本のみで読めます。

小川さんらしい、優しくてひんやりしていて、ちょっと不気味で、静かなようでいて音楽が聴こえる、そんな寓話、小説でした。「今日は小鳥の日」と、「踊りましょうよ」が好きだった。
いつも言わずもがな黙読なのですが、なんとなく黙読と言えど頭の中で朗読しながら読み、普段よりもスピードを落として読み終わりました。そうするにふさわしいというか。

小川さんの作品世界って、のぞいただけにしておきたいというか、中に入り込むには少々勇気がいるというか、没入し過ぎるとうっかり戻ってこられない感じがある。好きです。

『潜入取材、全手法 調査、記録、ファクトチェック、執筆に訴訟対策まで』横田増生(角川新書)

積読チャンネルで面白そう!と思って購入。

新しく見つけたカフェでコロンビアの中深煎り

読んでいて、「よし!潜入するときはこういうことに気をつけよう!」ではなくて、「潜入されていても大丈夫なように生きよう……」と思ってしまった(笑)。

あと自分は、何度か新聞やテレビの取材の場に居合わせたことが何度かあるのですが、ああいうのって放送前、発表前にこういう記事を書きましたよ、出しますよ、と見せてくれないんですよね。おかげでちょっと違う感じに伝わってあれえってなることもあったので、どうして確認してくれないんだろうと思っていたんです。
でもこの本を読んで納得しました。発表する前にチェックなんてされたら全部直さざるを得なくなってしまう。「報道」であって「広報」でない、というの、とても腑に落ちました。

最後の文章の書き方のところがすごくためになり、モチベが上がった。
潜入取材のいろいろももちろんすごいのだけれど、いい文章を書こうとするその努力と研鑽!この本自体かなりするすると読めてしまったのですが、それだけ仕事がし尽くされているんだと感じました。

『双頭の悪魔』有栖川有栖(創元推理文庫)

来月に有栖川有栖の短編集が出ると知り、かつ江神シリーズの収録されてこなかった短編も入る……と目にしました。
先日『有栖川有栖に捧げる七つの謎』を読んだときに、「江神さんってそういう事情があったんだっけ?」と思い、すっかり忘れているなー、と気づいたので短編集発売前に復習しようと思ったのでした。

黒ゴマラテ

シリーズの3作目。前2作は漫画で読んだり読み返したりしたことがあったので印象があるのですが、『双頭の悪魔』は有栖川有栖作品の中で一番好き!と思いながらも読み返していませんでした。

一気読みしてしまいました。真相も犯人もすっかり忘れていました。雨で落ちる橋、分断されたEMCの面々、両方の村で起こる殺人事件。タイトルの意味。

出てくる詩、音楽の知識が増えた分、学生時代に読んだときより味わえたのでないかな、などと。次は『女王国の城』を読もうかなと考えています。

『奇跡のフォント』高田裕美(時事通信社)

ゆる言語学ラジオで話題になった本。
このライブ動画を見ないままに結果を知り、先に本を買いに行きました(笑)。

朝のコーヒー

最近は電子書籍を多めにしているのですが、この本はきっとフォントに関する図とかが多いんだろうな〜と思って紙にしました。後半の方の章が薄い緑色の紙に印刷されていたりして、紙にしてよかったかも!となりました。

筆者がフォントのデザインを志すに至る過程、そこから情熱を傾ける日々、恩師から教わったこと、会社の危機。さまざまな読み応えや名場面があったのだけど、私はロービジョン研究の中野先生と初めて面会したときの場面が心に焼きつきました。
「当事者の話を聞きましたか?」という一言と、それにはっとする筆者が本当に目の前に見えた気がしたんです。
実は読んでいて、「研究者に話を聞こう!」となっているのに疑問を持っていました。どうして、実際に見えにくくて困っている子たちに話を聞かないんだろう、伝手とかなかったのかな?と。そこをバーン!と突っ込んでくれて目の前が開けた感じがして、その瞬間、映画になって欲しいと思いました。
こんなに紆余曲折してるなら、絶対映画一本分のボリュームを取れるはず、それこそ字を読むのが苦手な人のためにも、映像化されないかなと考えました。自分の脳内のイメージは芳根京子さんが主人公です(笑)。

繰り返し繰り返し、この本でメインで紹介されているUDデジタル教科書体が「誰にとっても読みやすいフォントだというわけではない、読みやすさは人それぞれ」といろいろな方が強調しているのが誠実だと思いました。

 けれども一方で、「自分は好きじゃないから」「自分は読みにくいから」という理由で、ほかの人の見え方や選択肢を否定したり、遮断したりすることはしてほしくないな、とも思うのです。
 多様性とは、社会にいる個々人の考え方や価値観を尊重して認め合うことだと思います。
 しかし私は「はたしていろいろな『選択肢を用意しただけ』で、そのような社会が実現するのだろうか」と疑問に感じることがあります。
「自分はこれが好きだから、ほかの人が何を選んでも関係ない」
「あなたが何を好んで使いやすいと思うかは勝手だけど、自分の知ったことではない」
「あなたのことには口を出さないから、自分のことも何も言うな」
 これは本当に多様性でしょうか。
 互いに認め合っていると言えるでしょうか。
 もし全員がそうなれば、少数派の人が抱えている困難は、いつまでたっても社会に理解されることも、改善されることもないでしょう。
 むしろ「多様性」という言葉が、弱者への無関心を肯定する便利な隠れ蓑になってしまうのではないか。(中略)
 誰かが困っていることを見つけたとき、そして、その人に対して自分ができることを見つけたとき。私がUDデジタル教科書体の開発を目指したように、そこに人と人が心を寄せ合う「よすが」が生まれる可能性がある。

第5章

また、この部分に大変心を打たれました。

学習支援をしている身としては、たまに「書き順にどこまでこだわるか」「とめはねはらいはどこまで見るか」問題にぶち当たったりすることが多いのですが、この本を読むことでフォントづくりではどういった点を大事にしているかがわかります。そこからこだわり過ぎずいい着地点を見つけられるのでは?とも思いました。

『涼宮ハルヒの劇場』谷川流(角川スニーカー文庫)

新刊だ!というのをSNSで見て、楽しみにしていました。

ブレンドコーヒー。カップかわいかった

こちらでちょっとずつ既刊が読めるらしいです。

いろいろな世界をSOS団と一緒に楽しみました!
地の文のキョンの比喩がキョンだなあってなりました。

以下、ネタバレ。

今回のことの顛末に、なんだか切なくなってしまいました。
思い出せなくても、鍵をかけて保存してある。全くなくなっちゃうのよりか、幾許かマシだろう。
私にとって、ハルヒという作品がそういうものなのかもしれない、と思ってしまったのです。
初めてBlu-rayBOXを買ったアニメでした。初めて初日に予約してひとりで見に行った映画が「消失」でした。普段忘れていても、どこかにはある。はあ、読めてよかった。願わくば、続きが読めたらなあ。

『方舟』夕木春央(講談社)

オーディオブックで次に何を読もうかなと考えて気になっていたこれをチョイス。

すごかった……!
そこが大事なところじゃないのは十分わかっているのですが、さっさと脱出して助け呼びに行った方が良いし、社会とつながった人たちばかりなのだから無断欠席なのはなぜ?と思われて捜索されているのでは?と思ってしまったが、すごかった……オーディオブックは隙間時間に聞いているのですが、最後は気になって一気に聞いてしまいました。
ちょうどクリスマスイブに聴き終わったのですが、絶対今日聴くものじゃなかったよな(笑)、と思う気持ちになりました。

著者の方のインタビューも興味深かった。

『本を守ろうとする猫の話』夏川草介(小学館)

最近この本を読んだよ、と言われて『神様のカルテ』の人かー!という会話をしたのですが、そういえば私、この作家さんの本タイトル聞いたことあるけど読んだことない?と思ってオーディオブックで聴きました。

本さえあればいいんだ!と思って生きていた頃があり、この作品を思春期に読んでいたら「けっ、思いやってくれる存在が近くにいるから成立するのであって、現実にはこんな都合のいいことないよ」と思ってふん!となってしまっていた気がする。というか、大人になったとはいえ読んでいてまだちょっと耳が痛いところがあって情けなくなりもした(笑)。
本好きで物静かな主人公を特別に描かず、優秀な少年や快活な少女を貶めずに気持ち良く描いているところに好感が持てました。
秋葉先輩はもう少し出番があると思ってたのであれ?となった。シリーズとして続いているようなので、そちらで出てくるのかな?

『働くということ 「能力主義」を超えて』勅使川原真衣(集英社新書)

下にある『「これくらいできないと困るのはきみだよ」?』という本を、発売前にたまたまSNSで見かけました。
タイトルにぎくっとしたんです。いつかかけられた言葉。そして、口に出したことが……あるかもしれない言葉だ、と。自分は言ったことがない、言わないようにしていた、と思いますが、この言葉を言いたくなるような気持ちになったことはやっぱりあるよな、と。

すぐに予約したのですが、発売日まで時間があったので、予習でこちらをオーディオブックで聴きました。

著者は組織開発コンサルタント。がんの闘病中で、社会をそのままにして子どもが「能力主義」に苦しんで生きていくのは納得がいかない……という思いで、次々に著書を発売しています。

こちらのインタビューも面白い!

能力なんて数値がわかるわけでも、本当にあるかもわからないもので、雇う人を選ぶなんてどうなんだろう。そこにいる人たちで、その組み合わせで何ができるんだろう?と考える方がいい。そういう話の本です。

途中、経験に基づく例の話があって、実際の会社で、採用に困っている人と著者「てっしー」が対話していく様子があり、とてもわかりやすかった。
自分と同じような人を望んでいるけれど、実は自分のポジションが脅かされるかもという恐怖もあって、だんだん自分とは違う特徴のある人を認められるようになって、関係性の話なんだと思うようになって、けれど過去の経験から一筋縄ではいかなくて。聞いている自分の気持ちも動いていく。

このオーディオブック、他のものと違ってBGMとまではいかないけど効果音?とか入ってて工夫されてて驚きました。

『「これくらいできないと困るのはきみだよ」?』編者 勅使川原真衣、野口晃菜、竹端寛、武田緑、川上康則(東洋館出版社)

というわけで予習もばっちりで発売された本を読みました。
付箋がいっぱいになってしまい、全部大事!ってなってしまった。
本当によかった。何回も読み返したいし、たくさんの人に読まれてほしい。

著者が4人の人と対談して話した内容が収録されています。

ぐいぐい読めてしまった

いろいろぐっときた場面はありますが、「まとめすぎない」というところは心当たりがありすぎて。「まとまらない」ことを許せるように、なっていない気がして。

社会にとってソーシャルグッドなことをやっている人ほど、「自分は大丈夫だ」と思いがち、というところが「ぐあっ」となりました。
あと言語化が得意な人間だから気をつけないといけないとか。
読んでいると本当に自戒と自省がたくさんでてくる。常に考え続け、自分を振り返り続けなければならない、と決意を新たにしました。

まだ半分まで読んだというときにすでにこんな感じだった(笑)

子どもたちの話を聞いていると、「理不尽だ」と思うことがたくさんあります。
どうしてこんな風に世の中はできているのか。
そうだね、悔しいね、困ったねと共感する他に、この本を読んだことで「こんなことを考えている人もいるよ」と、言えるようになって嬉しいです。でも、それだけじゃなくて、自分も自分の生きる社会がこうであってほしい!という気持ちを、しっかり持ってそれに基づいたふるまいをできる大人になりたい……!いや、なる!
「本気で変えよう」としている人がいるという事実が心強い。自分も内省しつつ、意識を持ちたい。

『僕たちの青春はちょっとだけ特別』雨井湖音(東京創元社)

東京創元社の新刊を見ていたら見つけて、「特別支援学校が舞台?珍しいな」と思ってなんとなく読んだら一気読み、めちゃくちゃ泣いてしまいました……!

最初の1章はちょっと「先生の手の上」のような気もしていたんですが、だんだんと主人公も成長し、3章が、良過ぎて……。

クリスマスのケーキ!

最初、読んでいて「特別支援ってミステリと親和性あるんだな」だとか考えていました。
「嵐の山荘」を舞台にしたいなら嵐が起きるようにしなきゃいけない。密室を作るならその理由が必要。「謎」を作るため、ミステリの舞台を整えるために、条件がいる。その条件に自然になり得るな、なんて。考えていました。
いや本当、全然、違うんです。
謎のために彼らがいるんじゃないんです。
最後まで読んで、そんなことを考えていた自分を殴りたくなった。
彼らはそこにいて、読んでいる人には見えない、知らない、気づけないところが「謎」になってるんだ……!って。

先生が把握している、その子の適性が語られます。それに対し、子どもたちも友人が何が得意で、何が苦手かきちんと把握しているんです。それは、友達だからなんです。そういうところに泣けてしまって。その二者の視点がどちらもあたたかくて。

「人の気持ちなんて考えても分かんないよ。架月も純にそう言ったんでしょ?」
「それは知ってるけどさ。それでも考えたいときって、どうしたらいいんだろうね」
「分かるまで考えればいいじゃん」

第3章

「考えても分かんない」はきっと真実で、でも、考え続けるんだということが大事。
語り尽くされてきた言葉ではあるけれど、本当に「そう」しよう、「そう」する、と思うところまで辿り着ける人はどれくらいいるんだろう。

とてもよかった……。
単行本の、表紙のタイトルのフォントがすごく好き。よく見ると、「ちょっと特別」な気がして。

カクヨムでも読めます。

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