#91[8Links]赤とんぼと木漏れ日[小説スケッチ]
仕事を切り上げ午後のフライトで飛んだ円。おばさんの家への道すがら、ふしぎな木の話を聞く。前作、第三話。
・・・
LEONEは颯爽と山道を走り抜ける。円はエキゾースト・ノートに心を揺らしながら、窓からの景色を眺めていた。父がトランスミッションをいれかえる度に、LEONE の息づかいも変わる。
・・・
「おっ、あの木はねぇ……」並走していた廃線のトンネルを過ぎ、右手のカーブにさしかかると、決まって父がするふしぎな木の話。
トンネルは修復が何度か行われていて、ある時命をおとす者が出た。その木に手をかけようとする者、実際に斧をふるった者、またはその近親者が何かのカタチで。その木にはある女性が関係している。
あれ。どんな話だっけ……。
木は恐らく直径20cmほどの太さで、中くらいの高さ。細い枝がいくつか伸びており、午後の陽を受けて逆光気味に円の目に映る。
かたわらには石のほこらのようなものと、誰かの手により細いしめなわと紙垂がつけられ、丁寧に祀られている。
若々しい青々とした葉も、たわわな実をつけることもない、ふしぎな木。
まるで、ドップラー効果のように窓のうしろへ木がまわっても、円はじっとその木をみつめていた。
・・・
ピトッ……。
首筋になにかがあたる。お水……?
空はいつの間にか雲がかかっている。
屋根がついているのだから、雨があたるわけがない。それに、首もぬれていないようだった。
しばらく考え込んでいると、もういちど雫が当たる。
円はくるりと体をねじらせ、じっとリヤデフォッガーの少し上に走るゴムの所をくまなく目で見てなぞった。
どこにも穴なんて開いてない。
おかしいの……。
どうして車に雨がふるの?
……。
あ……。
泣いてるの……?
なんとなく、息をするように心の声が漏れ出た。
「あめ……」
「あまもりだよ、おとうさん」
「ええ~っ?!ご冗談を?まさか……?」
父の素っとん狂な声の方がよほど、円はおどろいた。
・・・
1年後、夏休みが終わった週末。今日はおばさんの家に行くという。母がいうには、おじちゃんは「がん」で、今日はお見舞いに行くというのだ。
「ええ……?」
「どこのおじちゃん?」
おじちゃん、と呼んでいる親戚は何人もいた。
「はぁ?なにとぼけたこと言ってるの」
「M町のおじちゃんでしょ?」
「もう死んじゃうんだって。」
――。
「おはかに、いくの……?」
そう尋ねるのがやっとだった。
「なにバカなこと言ってるの。病院よ、病院」
ほんとに、この子は……。
母は渋い顔をして吐き捨てるように云う。
「もう、はやくしなさい。置いて行くよ?」
・・・
ちがうのに……。まどかまだ、おうちに行ってない。
お墓の人にもまだ言ってない。
おじちゃんが病院にいるよ、って。
おばさんはどこにいるの?
なんで死んじゃうの……?
こわくなって、のどの奥がツンとする。
・・・
LEONEはもう泣いてはいなかったけれど、それから何年かして突然に、家の車が赤い小さな車に変わった。
「ん?こないだ、おまえ雨もりするって言ってただろ?」
LEONEは……?
LEONE はどこにいったの?
「買いかえる口実になったよ」
「教えてくれてありがとな」
新しい車は、真新しい絨毯のにおいがする。今までついていなかったランプや、新しいものがたくさんついていたけれど……。
円の胸にはコトンと小石が落ちて、しずかに波紋がひろがっていった。
LEONEもいなくなっちゃった……。
にぎった拳は掌を刺し、目頭があつくなる。
ごめんなさい、LEONE……。
雨もりがするなんて言わなければよかった。
わたしのせい。ごめんなさい……。
ごめんね、LEONE……。
まどかは深い藍色のおり紙の裏に書きつけて、壁にはりつけた。誰も見ていないはずの、ベッドの奥の足元の方に。
・・・
あの日。
深い葡萄色の空に陽は落ちて、父の声で目が覚めた。
慧の複眼の、オニヤンマの眼は黒褐色に変わり、
羽根をつまんだ円の指先はほんのりと汗ばんでいた。
・・・
子どものころに空想したもの。
僕らは、その延長線上に生きているに過ぎない。
その僕らがいま、手にしているもの。
それは僕らが望んだ幸福。
彼女はいま、どこで何をしているだろう。
無理をしないで。わらっているだろうか。
捉われたら一瞬。
僕らは何者?
僕らは、誰かにみとめられたいわけじゃない。
もっと、信じてほしい……。
第四話へつづく。
写真 / 絵 / 文: 筆者(計4枚)
※見出し: Google ストリートビュー
環境: SONY Xperia, Microsoft Copilot
音楽: 【ピアノ】Green Tea/pianimo【フリー音源】
※ この作品は、フィクションです(本文約 1,900字)
※ 執筆 7/14~7/18(約 8時間)
【前回までの作品】
1話
2話
収録先
寄稿先
あとがき
この第三話を読んでくださったあなたに。
色鮮やかな音を贈ります。
ここまでお読みくださり、ありがとうございます。
このお話は、あともう少しつづきます。
次回もどうぞおつきあいくださいね。
それではまた、次の記事でお会いしましょう!
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