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【連載】#24 幸せな人生に、「食」が必要不可欠な理由|唯一無二の「出張料理人」が説く「競わない生き方」
職業「店を持たない、出張料理人」、料理は出張先の素材を最大限に生かしたオンリーワンのレシピを考案して提供する――。本連載は、そんな唯一無二の出張料理人・小暮剛さんが、今までの人生で培ってきた経験や知恵から導き出した「競わない生き方」の思考法&実践法を提示。人生を歩むなかで、比べず、競わず、自由かつ創造的に生きていくためのヒントが得られる内容になっています。
※本連載は、毎週日曜日更新となります。
※当面の間、無料公開ですが、予告なしで有料記事になる場合がありますのでご了承ください。
1971年にマクドナルドを日本に初めて持ってきた藤田田(ふじた・でん)会長が晩年に、マクドナルドとは対極的な、ロンドンのプレミアムサンドイッチチェーン店「プレタ・マンジェ」を日本に展開したのが、今から20数年前のことです。
その際、日本での商品開発を私が担当させていただきました。プレタ・マンジェの商品はすべて手作りで、合成の着色料、保存剤、イーストフード(発酵促進剤)、ベーキングパウダー等の合成の添加物を一切使用せず、自然なままの新鮮な素材をそのまま活かした、体に優しい、安心、安全な気軽に食べられる「スローフード」を目指していました。私が今まで深く考えたこともなかった合成の添加物等、未知の領域に足を踏み入れた感じで、毎日が緊張と勉強の連続でした。
例えば、サンドイッチによく使うハムも、プレタ・マンジェでは、肌色に近いパッとしない色なのですが、それは発がん性があると言われている発色剤を使用していないからです。でも、このハムの色が、本来の素材の色であり、ありのままの新鮮な素材を大切にするプレタ・マンジェの食へのこだわりを表しています。世の中に氾濫している「人工的な添加物で素材を過度に良く見せる手法」をプレタ・マンジェでは採らないのが、一般のみなさんには衝撃的かもしれませんが、私は「食の将来、地球の将来を見据えたすばらしい取り組み」だと思いました。マヨネーズやエッグサラダに使う卵も、親鶏から何代も遡り、エサに抗生物質を与えていないことを確認したものしか使いません。すべてにおいて、このような厳しい審査に合格したものしか使わないという試みは、初めての経験でした。
プレタ・マンジェのプロジェクトがスタートした当初は、塩、胡椒、マスタード、カレー粉など、基本となる調味料の日本で手に入るベストな物を探すために、一つひとつの試食を地道に繰り返しました。例えば、今日が「胡椒の日」だとすると、粉末状の物から粗挽きまで、何種類もの胡椒だけを延々と味見していきます。途中から舌が麻痺して、味もわからなくなります。「マスタード」も、普通のマスタードから、粒マスタード、和がらし、ハニーマスタードに至るまで、いろいろなブランドのマスタードを味見しましたが、その日は、帰宅してからも、舌がヒリヒリしていました。
お店で販売するドリンク類の選択にもかかわらせていただきました。なかでも、「エスプレッソコーヒー」の試飲はキツかったことを思い出します。何杯も飲んでいるとお腹も膨れてきますし、苦味の強い物を続けて飲んでいくと、胃にも負担がかかるのがわかります。ただ、何種類も飲んでいくうちに、本当においしいエスプレッソは「苦味の中にも旨味がある」ことがわかってきました。少しだけ砂糖を入れると、さらに旨味が引き立ちます。「オレンジジュース」は、100%オレンジの搾り汁を使っていましたが、100%フレッシュ果汁だと、時間の経過とともに分離してしまいます。下のほうはオレンジ色で、上半分以上は透明になるので、初めて見た人は驚きますし、お世辞にもおいしそうとは言えません。このまま分離した状態で販売するか、社内でかなり議論しましたが、なぜ分離しているのかの説明を明記して販売することになりました。
他にも、スイーツ類やサラダなどのお惣菜の開発もいろいろかかわらせていただきましたが、合成の添加物を使わずに賞味期限を延ばすのは本当に大変で、苦労しました。賞味期限で一番苦労したのは、「フランスパンのバケット」です。ロンドンのプレタ・マンジェでは、バケットサンドも人気でした。日本でも販売することになったのですが、合成添加物を入れないでつくるバケットは、半日もすると、硬くなってしまいます。
これをどう解決するか悩んでいたときに、別の仕事でベトナムに行く機会がありました。ベトナムは、かつてフランス領だったこともあり、市場に行くとバケットを売っています。私もベトナム1日目に購入し、半分ぐらい食べて、残りをホテルの部屋に置いておいたのです。そして、3日後に気づいて食べてみたら、まだ柔らかかったのです。私は「これだ!」と思い、すぐにこのバケットを焼いたパン屋さんに行き、材料を聞きました。すると、合成の添加物は使っていない代わりに「タピオカ粉」を使っていることがわかったのです。帰国後、すぐに製パン会社と一緒に試作を繰り返し、とてもおいしくて、賞味期限も3日間に設定できる「合成添加物不使用のバケット」を誕生させることができました。
このように、最初は試練の連続の商品開発でしたが、本当にたくさん勉強させていただきました。お店がいよいよオープンすると、話題性もあったため、連日朝から長い行列ができるほど人気がありました。ただ、なにせサンドイッチは手作りです。パンは、天然酵母を使ってゆっくり時間をかけ発酵させてから焼くため、「足りなくなったら、すぐに追加」ができず、オープン当初はお客様にかなりのご迷惑をおかけしました。お値段もコンビニのサンドイッチが250円だとすると、プレタ・マンジェのサンドイッチは、素材を厳選しているため、価格が2倍になります。それでも、ありがたいことにファンが増え続けました。路面店は2年間で20店舗近くになり、有名デパートのデパ地下、期間限定特設販売コーナーからはひっきりなしにオファーがあり、私もよく販売応援に行かせていただきました。
1号店オープンから3年経ち、新宿文化服装学院前に新店舗がオープンしたときに、初めて藤田会長にお会いしました。「小暮さん、頑張ってくれてありがとう! これからも頼みますよ」と笑顔で激励してくださり、写真嫌いで有名な会長が喜んで一緒に写ってくださいました。秘書の方から「この写真はとても貴重だから、大きくプリントしておいたほうがいいですよ」とアドバイスをいただき、今でも家宝としてウチに飾っています。
東京での3年間の実績をベースにして、いよいよ関西進出となったときに、藤田会長がお亡くなりになり、それと同時に、プレタ・マンジェの事業展開も急に終了となってしまいました。これは私の勝手な推測なのですが、藤田会長がプレタ・マンジェを日本で展開しようとした頃には、ご自身の余命が数年だとわかっていたのだと思っています。藤田会長が1971年にマクドナルドの1号店を銀座にオープンして以来、それまでのご飯に味噌汁という日本人の伝統的食文化を大きく変えてきました。そして今、我々を取り巻く食の環境、地球環境には、さまざまな問題が起きています。藤田会長はその問題が起こることがわかっていて、これから私たち日本人は、どういう食の方向に向かうべきかを示したかったのだと思うのです。そうであれば、プレタ・マンジェで学ばせていただいた私には、藤田会長の想いを受け継ぎ、広く伝える使命があると思っています。これからも自然の恵みに感謝と敬意を払って、謙虚に食の道を進みたいと思っています。
私たちの体は、自分が食べた物でできています。あなたも、どんな物を食べたら体が喜ぶかを考えてみてください。体が喜んで健康でいられれば、気持ちも前向きになり、毎日が幸せな人生を送れることにつながります。私たちは幸せになるために生まれてきたのです。そのためにも、あなたも今以上に食べ物に関心を持ってみることから始めてみてください。
【著者プロフィール】
小暮 剛(こぐれ・つよし)
出張料理人。料理研究家。オリーブオイルソムリエ。1961年、千葉県船橋市生まれ。明治学院大学経済学部卒業後、辻調理師専門学校を首席で卒業。渡仏し、リヨンの有名店「メール・ブラジエ」で修業。帰国後、「南部亭」「KIHACHI」「SELAN」にて研鑽を積み、1991年よりフリーの料理人として活動開始。以後、日本全国、海外95カ国以上で腕をふるう「出張料理人」として注目される。その土地の食材を豊富に使い、和洋テイストを融合させて、シンプルに素材の持ち味を生かす「小暮流料理マジック」に、国内のみならず世界中から注目が集めている。近年は、出張料理人として活躍しながら、地域食材を最大限に生かしたレシピ開発を通じた地方再生や、子どもたちの食育講座などを積極的に行なっている。また、日本におけるオリーブオイルの第一人者としても知られ、2005年には、オリーブオイルの本場・イタリア・シシリアで日本人初の「オリーブオイルソムリエ」の称号を授与している。その唯一無二の活躍ぶりは各メディアでも多く取り上げられており、TBS系「情熱大陸」「クレイジージャーニー」への出演歴も持つ。最終的な夢は、「食を通して世界平和を!」。
▼本連載「唯一無二の『出張料理人』が説く『競わない生き方』」は、下記のサイトで過去回から最新話まですべて読めます。