日向ハヤト

35歳にして、所謂「子供部屋」から脱し、独り暮らしを始めた男の、日常やら愚痴やらをこぼせる場所、記録の場所として作ってみました。

日向ハヤト

35歳にして、所謂「子供部屋」から脱し、独り暮らしを始めた男の、日常やら愚痴やらをこぼせる場所、記録の場所として作ってみました。

最近の記事

35歳からの独り暮らし(10)

しばらく経ったある日。私が大学時代に働いていた百貨店に、外資系のブランドがオープンするという話を聞いた。 働いていた店から百貨店は近かったから、仕事帰りに様子を見に行ってみると、確かに百貨店1階の一部分が白い壁に覆われいた。 そして壁には某海外ブランドのロゴが描かれており、開店日であろう数字が書いてあった。 当時、その百貨店には他に海外ブランドのショップは入っていなかったから、ついにここにもブランドが!と嬉しい気持ちになり、開店したら見に行こう、と思っていた。 そして実

    • 35歳からの独り暮らし(9)

      「すみません、これより大きいサイズあるやろか?」 振り返ると、70代は超えてそうな女性が俺に尋ねていたようだった。 ディスプレーを直していたから、店員だと思われたのだろうか。店員では無い旨を伝えると、 「あら!嫌やわ、ごめんなさいね」 と恐縮したように言ったので、こっちにあるんじゃないですかね?と何気なく一緒に探してあげることにした。 無事にサイズを希望のものが見つかった所で、 「この靴、どうやろか?」と尋ねてきたので、「素材も軽そうだし、色も合わせやすそうだし、ワン

      • 35歳からの独り暮らし(8)

        カフェでの勤務は時給制だったものの、勤務時間や時間帯責任者という役割を与えられ、社会保険も入れてもらえた。 ただ社員枠には空きが無く、身分としてはパートスタッフのまま。 実家暮らしだったから生活には困らなかったけれど、この時に年齢は30代が彼方に見えてくる頃で、また悩むバイオリズムに入っていた。 だが、その時に悩んでいたのは、今思えば前向きなことだった。 アルバイトのままなら、もっと自分が興味のある職を探すのもアリなのかも、とか、もっと時給の良い仕事があるのかも、とか。

        • 35歳からの独り暮らし(7)

          カフェのバイト面接を受け、採用となった。 チェーンのカフェではあるが、スターバックスのようなセルフタイプではなく、フルサービスの店舗で、コーヒーはサイフォン式で淹れるお店だった。 ポジションもホール、ドリンク担当、フード担当と分かれていた。最初はホールからのスタート。そして仕事振りが認められるとフード担当、ドリンク担当と進む店だった。 結果、その店は約3年勤めた。 最初は1日4時間や5時間くらいの勤務時間だったが、所謂フリーターという身分だったこともあり、勤務時間は伸びて

          35歳からの独り暮らし(6)

          パニック障害との診断となり、私は療養生活に入った。処方薬を貰っていたのだが、薬が馴染むまで、身体は重たかった。 そんな中でも、ずっと寝ている、ということはなく、午前中は母親と一緒に近所の大きな公園を散歩したり、外出することはできていた。 当時担当してくれていたクリニックの先生によると、まだ比較的軽い段階で治療に入れたことが幸いだった、と言ってくれていた。 処方された薬も幸い私には合っていたようで、療養生活は約1ヵ月で済み、またアルバイトとしての職を探し始めた。投薬治療は

          35歳からの独り暮らし(6)

          35歳からの独り暮らし(5)

          色々と考えることもありながら、やはり正社員というものに縛られていた当時の私は、結婚式場の仕事を見つけ、入社した。 募集枠はプランナーだったのだが、実際入社すると私が男だったからか、最初は経験を踏んでから、という考えからか、配属されたのはサービス部門、披露宴準備から当日の料理のサーブ等を行う部門だった。 その式場は、大規模会場が2つ、小規模会場が1つ、併設でフレンチレストランもある大規模な所で、披露宴も最大5回行われるような所。 そして、準備時間に限りがあるからして、怒号

          35歳からの独り暮らし(5)

          35歳からの独り暮らし(4)

          大学時代に穏やかにお金を稼いだバイトしか経験が無かったことで、新卒で入社した金融機関では、根性で乗り切れ的な雰囲気を持つ方が多く、その勢いある雰囲気に全く馴染めなかった。 全く馴染めなかったことで、仕事自体に興味を持てるはずもなく、一度嫌だと思うと頑なに拒否する性格もあり、10ヵ月という期間で退職をした。 金融機関を辞めて、働きたくないわけではなかったので、アルバイトを探すのだか、次に選んだ場所からして、自分の甘さを露呈するようなものだと思う。 大学時代の洋食屋に出戻っ

          35歳からの独り暮らし(4)

          35歳からの独り暮らし(3)

          大学時代のアルバイトが、どのようにその後の仕事観に影響したのか。 始めたのは2年になってからで、当時はまだアルバイト情報誌、紙媒体が主流だった。 そこで見つけたのが、百貨店の洋食屋。 ホールスタッフの募集だった。 人当たりの良さそうな50代くらいの男性シェフ兼店長の面接があり、無事採用となった。 私が入った時には、キッチンには店長含め3人の男性シェフ。ホールは店長の奥さんが取り仕切り、その他大学生の女子が3人いた。 ホールの男子は私1人だったが、店長も奥さんも良いお人柄

          35歳からの独り暮らし(3)

          35歳からの独り暮らし(2)

          大学入学での独り暮らし、を逃してしまい、次に迎えるチャンスは「就職」だった。 就職活動当時、団塊の世代が定年退職となる、というタイミングだったこともあって、それまでの氷河期を脱し、学生売り手市場、と呼ばれる幸運な時だった。 地元企業もいくつか受け、大学での専攻の関係で、公務員も受けた。 そして県外の企業も受けた中、内定をもらったのは地元の金融機関だった。 無事内定を貰えたのは勿論嬉しかったのだが、この金融機関、ほぼ地元出身者しか受けないような規模で、支店も9割が県内。そ

          35歳からの独り暮らし(2)

          35歳からの独り暮らし(1)

          生まれ育った町は、周囲を山に囲まれ、人口も3万人台、田舎町だった。 中学、高校は家から歩いて10分程の所へ通い、大学も車で50分、実家から通った。 大学を卒業し、そのまま地元の企業に就職となり、実家から通った。 その後、転職を何度かしたのだが、実家から通った。 実家の所謂「子供部屋」から出ることなく、人生を過ごしていた。 出るタイミングは何度かあった。一つ目は大学進学。第一希望は隣県の大学だった。入試前に繰り返された各種模擬試験でも、合格の可能性はあった。 迎えた本番

          35歳からの独り暮らし(1)