詩小説 『愛しき梅の花よ』 #シロクマ文芸部
梅の花のつぼみがふくらむ季節に
机をくっつけてぼくの教科書を
いっしょに見ていた時のこと。
「この漢字、もう習ってるの?」
「え、うん」
「わたしまだ習ってない……」
一つの漢字を指差すその子は
三学期に転入したばかりだった。
元々転校生の多い地域だから
教科書を見せてあげることは
気にもしてなかったけど
そんなこともあるんだな、と
転校した経験がないぼくは
しみじみと思った。
「なんて読むの?」
「“うめ”だよ」
「へえ、これがうめなのかー」
とまじまじと見入るその子に
ぼくはなぜか“ばい”という
読み方もあることが伝えられなかった。
*
梅の花が咲き誇る季節に
ぽっと花開くようなやりとりが
耳朶に触れる。
「松・竹・梅ってどっちが格上だっけ?」
「いきなり何の話?」
「週末にお父さんとご飯食べに
行くんだけど、どれ選んだらいいか
わかんなくて……」
「お店はもう決まってるんでしょ?」
「うん」
「なら、そのお店をググッて
値段調べてみたらいいじゃん」
「あ、そっか!」
そういうとスマホで検索し始める。
「うわっ! 松が一番高いみたい」
「久しぶりに会うんなら
一番高いのお願いしたら?」
「うーん、それはそうなんだけど」
「じゃあ無難に竹でいいじゃん」
「そうしよっかな。
でも梅が格下だなんて何か意外」
「確かに。少なくとも
竹よりは上っぽいのにね」
「松もチクチクしてるイメージ」
「なら梅でうめぇも有りじゃない?」
「なにそれ、サブすぎ!」
笑い合う女子達に逆の場合もあるんだよ
と思いながら中学生になっても
ぼくはやっぱり何も言えなかった。
*
梅の花がこぼれつつある季節に
春風のような言葉が流れ込む。
「桃の花や桜は愛でるわりに
梅の花って注目度低いよね」
「そう?」
「ひな祭りと言えば桃の節句
お花見と言ったら桜でしょ?」
「まあ言われてみたらそうかもね。
梅は実の方がメインなのかも」
「だから私は毎日、日の丸弁当!」
「結局あんたも梅の実狙いじゃん」
「あは、バレたかー」
この教室で机を並べて
友達と昼食をともにするのも残りわずか。
ぼくは自分の弁当の赤い実を口に入れる。
いつもより酸っぱく感じたのは
きっと気のせい……だと思う。
*
梅の実の収穫を迎える季節に
「梅酒ロックで!」
という声が居酒屋に響き
ぼくはつい目を向ける。
「あ!」
先に気づいたのは彼女の方だった。
「竹松くん、だよね?」
「あ、うん」
「一緒の席座っていい?」
「まあ……」
「こうしてみると
小学生の時を思い出すね」
「まだ覚えてんだ」
「そりゃだって……」
まだ呑んでいないはずの
彼女の頬が赤く染まる。
「はいよ、梅酒ロックお待ち!」
とテーブルに置かれた
グラスの氷がとコロンと音を立てる。
「……初恋の人だから」
今日こそ言えるだろうか。
ぼくも同じ気持ちだと。
そしてこの梅酒は
うちの農家で採れた梅で
作られたものだと。
学校(特に都道府県)によって習う順序が違うんですよね。だから、学期の途中で転入した私は、正確にいうと“梅”の漢字は習ってないんですよ。ってわけでこんなお話に。
まあ担任によって教科書の最後まで終えられなかったパターンもあるけども。土曜授業がなくなり、二学期制を取り入れようとしてA週とB週の時間割があったり(教師も子どもも大混乱!)、円周率を3で教わったり……(実際にはちゃんと3.14で計算してたよ!)ゆとりと言われる世代だけれど正直ゆとってる暇もなかったわ! とつい思ってしまった私なのでした。
なんとなく思い出した、こちらの作品もよかったらどうぞ~💁
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