見出し画像

あなたはちゃんとおもしろい


2024年9月29日(日)朝の6:00になりました。

世間というのは、君じゃないか。

どうも、高倉大希です。




あなたは、ちゃんとおもしろい。

教育の分野で仕事をしていると、いつもそう思います。


おもしろいと信じたいとか、そういう話ではありません。

本当に、みんなおもしろいのです。


でも、ほとんどの子どもたちはそれに気づいていやしません。

自分のおもしろさを、何でもないことかのように扱ってしまいます。


5年前は「挑戦が一番だよね」「成長って最高だよね」と何の違和感もなく語っていました。でも、いろいろな価値観に触れる中で、いまなら「挑戦【も】大事だよね」「成長【も】重要だよね」と考えられるようになった。

篠原匡(2024)「人生は選べる」朝日新聞出版


あなたは、ちゃんとおもしろい。

自分の役割は、他者の言葉としてこれを伝えることくらいです。


勉強ができないとか、運動ができないとか。

そんなものは、大した問題ではありません。


くり返しになりますが、おもしろいと信じたいとかそういう話ではありません。

本当に、みんなおもしろいのです。


ひょっとすると失敗するかも知れぬ。しかし、この際はこれだという決意をもってするから、忠告も生きてくる。己を賭けることもなく、責任を取る気もなく、100%正しいことを言うだけで、人の役に立とうとするのは虫がよすぎる。

河合隼雄(1998)「こころの処方箋」新潮社


だからこそ、それを伝える難しさも知っているつもりです。

他者を肯定するということは、そう容易いことではありません。


褒めれば、相手は喜ぶだろう。

ときどき、このような考え方のもとでコミュニケーションをとる人を見かけます。


それはさすがに、相手のことをナメすぎでしょう。

ついつい、そう思ってしまいます。


小学生の頃、周りの大人から「才能がある」って言われると「この人には才能があるかないかを見抜く才能が本当にあるのかな?」って思ってました。「才能と向き合う人生を送ろうとしている子供に対して、才能という言葉を無責任に使っていませんか?」って思ってたし「この大人は僕のことを、才能っていう言葉を使って言い表すのが楽だから、こう言ってるだけなんだろうな」くらいに思ってました。

小林賢太郎(2024)「表現を仕事にするということ」幻冬舎


不用意な肯定は、不信感に繋がります。

場合によっては、勘違いの原因にもなりえます。


相手を肯定するとか、相手を承認するとか。

相手と向き合うとか、相手を受け入れるとか。


軽々しくつかってもよい言葉では、ないような気がするのです。

身を削る覚悟もない人に、そんなことはできません。






サポートしたあなたには幸せが訪れます。