それは相手が決めること
2024年9月27日(金)朝の6:00になりました。
相手が希望通りに動いてくれなかったとしてもなお、信じることができるか。
どうも、高倉大希です。
自分とは、何なのか。
生きる意味とは、何なのか。
わたしたちはこのような問題に、平気で正面から立ち向かおうとしがちです。
哲学を学んだこともない人間が立ち向かうには、あまりにも難しすぎます。
数学を学んだこともないのに、積分の問題を解こうとしているようなものです。
すでに立ち向かってきた人がいるのだから、まずは学ぶが賢明です。
忙しそうだから、声をかけるのはやめておいた方がいいかな。
気持ちはわかりますが、それを決めるのは相手であって自分ではありません。
返信が遅いけれど、何かまずいことを言ったかな。
気持ちはわかりますが、それを決めるのは相手であって自分ではありません。
どれだけ考えたところで、コントロールの範疇を超えています。
自分にできることは、敬意をもって相手の判断を受け入れることくらいです。
自分の思い通りにいかないという理由で、不安を膨らませてしまったり。
自分の思い通りにいかないという理由で、ぷんすかと怒りはじめてしまったり。
相手が決めることまでを、自分がどうにかしようとしてしまっているわけです。
そんなもの、思い通りにいくわけねえじゃんという話でしかありません。
自分で悩みを生み出して、自分で頭を抱えています。
相手からしてみれば、たまったもんじゃありません。
何かを考えるということは、考えないことを明確にするということです。
考えなくてもよいことを考えているうちは、考えたいことを考えられません。
ひとりの人間が考えられることなんて、せいぜい限られています。
振り返ってみれば、過去に考えてきた人たちの記録もたんまりと残っています。
これほどまでに、考えることに適した時代はありません。
考えないことを明確にすることが、考えることの出発点です。
サポートしたあなたには幸せが訪れます。