マーロウ、それはもう
誕生日と地元が近くて、年齢と名字が一緒の友人と、毎年誕生月におでかけをしている。
美術展に行ったり、和菓子をつくったり、ほんのちょっとだけ非日常を味わう。
今年はどうしよう?
日程は7月15日にすんなり決まったのに、場所がなかなか決まらない。
7月の3連休は天候が崩れがちだから、歩き回るのは避けたい。暑いし。
考えあぐねて壁に視線をやると、ガチャで取ったビーカープリンのミニチュア(のおじさん)と目が合った。
そうだ、マーロウの本店レストランはどうだろう。
今年創業40周年を迎えたそうで、今なら限定復刻メニューがいただけるとか。
本店は、横須賀の秋谷にある。
三浦半島の相模湾側は、逗子・葉山駅までしか鉄道が走っていないので、車がないとあまり気軽に行けない。
神奈川県民でも、小旅行である。
くしくも、マーロウ本店訪問を思いついたのは波の日で、会うのは海の日。
海の日に、海をのぞむレストランで、お互いの生誕を祝いあう。
無意識にひきよせた海物語。
仕事の早い友人が、予約をしてくれた。
土日祝日の予約は、混雑緩和のため11時台だけ受け付けているとのこと。
「お誕生日など、お祝いの方はいらっしゃいますか?」と聞かれたらしい。
戸惑いながら「あっ、ふたりとも…」と答えたら、レアなパターンに相手も困惑していたとか。
祝い事の場合、事前に伝えておけばプリンにバースデーデコレーションのサプライズをしてくださるのだという。
ふたりとも、というのがおもしろそうだけれど、ちょっとシュール。
それに、マーロウのプリンは大容量。
お互い胃の容量に自信がなく、ひとまず保留した。
菓子の売店は東京と神奈川県にあるが、レストランは三浦半島の3店舗だけなので、せっかくだからお食事をメインで楽しみたい。
小雨予報をくつがえし、当日は蒸し暑く晴れ、そして強風。
本店へは、公共交通機関をつかうとJR逗子駅からバスで20分ほどだ。
わたしのリュックには、ビーカープリンのミニチュアが揺れている。
ライブに行くときは自意識過剰でアーティストグッズが身に着けられないのに、アイディアをくれたダンディおじさんを里帰りさせるべく(?)連れてきた。
ビルが建ち並ぶ逗子市、緑あふれる葉山町を抜けると、景色は水色にかわる。
しばし、白波が揺れる水平線と併走して、海が目の前のバス停で降りる。
水色の街に、こどもの頃にまとっていたような懐かしい色合いの建物がたたずむ。
これが、マーロウの本店だ。
駐車場には、県外ナンバーの車もちらほら。店の前には、開店直後ですでに行列ができていた。
こじんまりに見えて意外と席数がある店内はぜんぶ埋まっているし、入口すぐの売店スペースは商品で埋め尽くされている。
予約時に海側の席をリクエストしていたので、席からは相模湾とプリン色のパラソル。
歴史を刻んできたであろう木製テーブルやイス、整然としていながらもなんだかモノが多い感じは、どこか実家感があって落ち着く。
景色は非日常なのに。
さて、何をいただこう。
40周年限定メニューはマストだけれど、やはりプリンも食べたい。
先客の注文した料理の様子をうかがうと、全員はらぺこ?と思ってしまうくらい、無邪気に大ボリューム。
サラダもパスタも山盛りだ。
一人前は二人前、二人前は三人前くらいの量。わりと大きめのテーブルが、満員御礼。
実家の親が、ひさびさの帰省に喜び、よかれと思ってたくさんふるまってくれた感じである。
ありがとう、でも、もう中学生じゃなくて中年なのよ、と思うくらいの。
さすが、ラフランスをまるごとプリンに沈める店。
一人前のシェアでも問題なかったので、40周年限定メニューの地魚のブイヤベースと、サラダ+デザート+ドリンクのセットを一人前オーダー。
季節限定のとうもろこしの冷製スープは、おのおの頼んだ。
友人が「これはもはやとうもろこしのスムージー」と的確に表現した。
まじりっけなしの全力とうもろこし。みずみずしい夏の甘み、スープでもポタージュでもない。まさにスムージー。
数分外にいただけで蒸しあがってしまった身体を、クールダウンしてくれた。
地元農園のとうもろこしを皮ごとスチームオーブンに入れて焼き、ミキサーにかけただけで、味付けはしていないという。
旬と鮮度そのものをいただいたのだ。なんという贅沢。
添えられたパンで、一滴残らずすくいとった。
つづいて、地魚のお刺身と三浦野菜のサラダ。彩りがあざやか。
とりわけてもとりわけても、サラダの山。種田山頭火が憑依する。
お刺身は2種類各2枚ずつあったけれど、大きなキュウリと大きなニンジンのスティックは1個ずつだったので、やはりこれで一人前なのだろう。
お刺身はつるんととろけ、お野菜はシャキシャキだ。
臭みや苦みや青臭さは影もかたちもない。たぶん、素材がいいからそんな要素はもともとない。
ここで、とんでもなくいい香りが強烈にバックハグしてきた。思わず振り返る。
うしろの席のご家族も、ブイヤベースを頼んだらしい。
空調の向きのおかげで、至福の香りがこちらに漂ってきていた…のはさておき、二度見した。
ブイヤベースは魚介のスープ料理という認識だったが、あれに見えるは魚介鍋じゃないか。
一人前にしてよかった、と胸をなでおろしながら、高まる期待感。
ほどなくして、アツアツの大きな鍋が目の前にやってきた。
わたしたちのブイヤベースの湯気と香りは、窓の方へ流れて、海に帰ろうとする。
この日のお魚はタチウオとのこと。
カニとエビの主張が強く隠れてしまっているが、まるまる一匹、まっぷたつになって鍋におさまっている。
他にも、イカ、ムール貝、あさりがたっぷり。野菜は、さつまいもに擬態したニンジンと、まったくスジのないカブ。
とにかくスープのうまみがすごいが、味付けらしい味付けは塩のみだとか。
タチウオは、そのシュッとした見た目には似つかわしくないくらい、白身がふっくらふわふわしていた。
あっさりしたやさしい味が、コク深いスープと相性抜群である。
魚と貝と甲殻類のポテンシャルだけで、このふくよかな味になるのは、もう魔法だ。海の恵みに感謝しかない。
そして、デザートも一人前で大皿である。
よく煮込んだ大根が見えていると思う。
わたしたちもそうだった。
ここでまさかの「ザ・実家の味」を入れてきたかと思ったが、アプリコットのジュレだ。
売店ではビーカーで売っている。
この「プリン/ゼリーの輪切り」の見せ方は斬新だし、家でやってみたい。
ほかには、マンゴープリン、柑橘のジュレ、チーズケーキ、いちじくのパウンドケーキ、メロン、ホイップクリーム。
ぜんぶなめらか、ぜんぶ間違いない、言わずもがな、現場からは以上。
畑の恵みと、海の恵みをしっかり味わったあとの胃袋なので、デザートも二人でシェアしてちょうどよかった。
いやあいいお店でしたな。
腹をさすっていると、さっきから素敵な笑顔でお料理を運んでくれているお兄さんが、食後の飲み物と一緒になにかを運んできた。
「お誕生日と聞いておりましたので、生チョコです。よろしければお召し上がりください」
しまった、バースデーオプションをどうするか、保留したままだった。
それなのに、ちゃんと覚えていて、胃袋に見合う心づかいをほどこしてくださったのだ。
この包容力と対応力、まさに親心。
そしてこれも、一般的な生チョコの2倍くらいある。
わたしたちがいつの間にか縮んだのだろうか?
添えられたピックでギリギリ持ち上げられるくらいの肉厚生チョコだったが、するりとろりと甘く口の中で溶けていった。
マーロウ本店は、非日常の景色を見ながら、ノスタルジーを味わえる。
海の家ならぬ、海の実家。
実際、あんまり海は見ていないのだけれど、人生で一番、海の日を有意義にすごした一日だったと思う。
マーロウにつられたのか、この記事の文字数も大容量になってしまった。
友よ、来年の夏はどこへ行こう。