ありがとうティラミス
コンビニから会社へ戻る道すがら、なぜこれを手にとったのかぼんやりと考えていた。
言わずと知れた、マスカルポーネチーズとエスプレッソを使ったムース状の菓子。
コーヒーが体質的に合わず、あまり積極的には食べない。
ひかれた理由はその名前だろうなと思った。
その前日、サブロク超えしそうな残業時間を調整するため、早上がりをさせてもらっていた。月の後半はミーティング続きで、調整のしようがなさそうだったからだ。
しかし、そういうときに限って片付けたはずの案件がゾンビのようによみがえる。
よみがえるのは、ためらいのない想いとか、あの日の温もりだけでいい。
先輩があざやかにやっつけてくれていたので事なきを得たが、担当外にもかかわらず余計な負荷をかけてしまったことに、罪悪感を抱いていた。
早上がりさえしなければ・・・。
その沈んだ気持ちが救いをもとめて、ティラミスに視線を留めさせたのかな、と思いながら封を開ける。
ティラミスといえば、バブル期のイタメシブームから火がつき、90年代の流行スイーツの先陣を切ったイタリアの菓子。
同じくイタリア生まれの菓子、マリトッツォがバイバインのように世の中で増殖したのは記憶に新しい。
過去に流行ったパンナコッタも、出身地はイタリアだ。
今年は何が流行るのだろう、とティラミスを食べながら考える。
流行スイーツ予測とやらを調べたら、イタリアの菓子が上位を占めていた。
あるサイトの1位は《ボンボローニ》。
穴の開いていない丸いドーナツに砂糖をまぶし、カスタードやチョコレートを詰め込んだ菓子。イタリアではおやつや朝食の定番だという。
すでにファミリーマートやスターバックスが販売開始しているようだ。
文字だけでも味の想像がしやすい。クリームが入ったマラサダといったところだろうか。
しかし、流行色もしかり、この未来予想図を誰がどういう根拠ではじきだしているのかよく分からない。
他のサイトも見てみた。
こちらのサイトの1位は《ズコット》。
半球状のスポンジケーキの中に、生クリームやアイスクリームを詰めたドーム型のケーキ。ズコットという名は、イタリア語でカボチャを意味するズッカから派生した言葉が元になっているという。
果実園リーベルやアフタヌーンティーで食べたことがあるが、1ピース1,000円近いお値段と、400キロオーバーというカロリーの高さは脳裏に焼き付いている。
ちなみに、2位は《カッサータ》だった。
こちらもイタリア生まれで、リコッタチーズにドライフルーツやナッツを入れた低カロリーのセミフレッドケーキである。
別のサイトでは、これを1位にしているところもあった。
スイーツ大国フランスを差し置いてイタリアおそるべし、と思ったが、そもそもイタリア菓子の歴史はフランスよりも古いのだそうだ。
イタリア・フィレンツェの名家、メディチ家のカトリーヌ・ド・メディシスがフランスのアンリ2世へ嫁ぐ際、母国の生活様式が再現できるよう、料理人や製菓職人を一緒に引き連れてきたという。
シュークリームやマカロンもそこで誕生したのだとか。
だから、フランス菓子の中には、もとをたどればイタリア菓子だったものもあるらしい。
エクレアやシブーストといったフランス菓子は、洋菓子店の定番商品としてよくみかける。
たが、イタリア菓子はその歴史に反して、さほど種類が知られていない。だからなのか、流行りのスイーツとして近年つぎつぎとあらわれる。
どれも親しみやすそうな味で、はなやかな見た目のわりには、さほど複雑な製法ではなさそうだから、今後根付いていくのだろうか。
それはさておき、イタリア菓子の名前はクセ強めで長めだ。
ティラミス、パンナコッタ、マリトッツォ、ボンボローニ、ズコット、カッサータ。
日本語のフレーズにもありそうな響きである。
チラ見する、なんてこった、マジちょっと、ほんともういい、ズコッと、かっさらった。
うっかり愚痴がはさまってしまった。
余計なことを考えていたら、休憩時間も終わったし、気分も少し晴れた。
ありがとうティラミス。まさに気分を引き上げるお菓子。
先輩にも丁重に御礼を述べた。