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病む才能
散々散歩 仮装
〜白昼夢その7〜
その後は兄貴と向き合う日々
今更と思うが部下の言う通りこのタイミングだったのかもしれない
療養生活
リハビリとも言えるし経過観察とも言えるし単に徒労とも言えた
洗剤と柔軟剤を使用する他はなにもしない
しちゃいけない
症状の進行は誰の目から見ても明らかだった
週替わりで次の症状が現れる
遂にはチート後期である暴力行為が始まり家族全員が悩まされた
兄貴は自他の判別が出来ないので平気で乱暴を働くし自分自身にも鉄拳をお見舞いしたりした
壁に向かって突進を繰り返し無表情
完全に錯乱状態と言えた
それらの症状を録画し記録する
後世に役立つかどうか分からないがしないよりはマシな気がした
後期の症状が長らく続いた
末期である五感の喪失
末端からの壊死がいつ起きてもいい状況まで来ているはず
それでも気丈に兄貴の理不尽な暴力に付き合う家族
一見戯れのプロレスごっこに見えなくもない
まるで小さかったあの頃に戻ったかのようだ
しかし殴られたら痛い
殴り返しはしない
今や憐れみの対象の兄貴
いつまで続くんだろ?
そう思ったある日のこと
兄貴を羽交い締めにしたところで視線はある一点に釘付けにされた
透明な体毛
それがチートの症状であるのは既に知ってた
ねぇ!ちょっと来て!兄貴の頭が!
両親も駆け寄ってきて凝視する
頭髪の根元が微かではあるが色を取り戻している
少し黒くなってない?
ホントだ!
兄貴以外の3人で仰天しすぐさま部下に報告
部下はやってきた
挨拶もそこそこに兄貴をくまなく調べ上げる
他に変わった様子は?
毛髪以外にはこれといって
裸の兄貴に全員の視線が注がれる
なにかおかしくないですか?
部下は不思議そうに眺めた
我ら家族はなにも感じない
どう考えてもおかしいですよ
なんだよ!早く言ってくれ!
お兄さんの臍(へそ)
臍?
いつから失くなったんです?
家族の目がそこに集中する
あっ!
無い
兄貴の臍が無い
今一度録画したものを見ましょう!
我々2人は大急ぎで映像をチェックした
言葉を失った
部下は興奮気味に何度も見直していたが落ち着きを取り戻すとあらためて家族を集合させた
初期症状の段階で洗剤と柔軟剤の使用を開始したということで間違いないですか?
なにを今更と思ったが顔には出さない
では見てみましょう
早送りが続いた
そしてある日の兄貴の腹部映像でピタリと止まる
何っ!!
それは症状が出て以降初めて兄貴が家族に手を上げた日だった
殴られたのは母だった
兄貴をそれはそれは大事に目に入れても痛くないほど大事に育てた母だけに
突然のことでしばらく何が起きたか分からないでいた
可愛い息子に手を上げられた
あらかじめ症状の段階を知っていたからまだ正気を保てたはずだ
それでも母はただ泣くだけだった
その日から兄貴の臍は消えていた
暴力症状が出る前日の映像を見る限り
臍はちゃんとある
バカな
いやでも現実です
ほら?
やはり部下の言う通りだった
どういうことだ?
部下は難しそうなフリをして笑った
髪の色が復活したんですよね?
ああ
それってもしかしたら洗剤と柔軟剤が効いてる証拠かもしれない
私たち家族が兄貴の髪の変化に気付いた時
同じことを思った
それは藁を掴む思いだった
特に母にとっては
部下の言葉に父までも涙を溢した
信じていいのか?
分かりません
ですがかなりの可能性で回復に向かうと思います
兄貴が引き籠もって
それからチートの症状が出始めてからというもの
家族は完全に笑顔を失った
久し振りに老いた親の笑みを見る
おい!兄貴!
聞こえてるか!
治るかもしれねぇぞ!
兄貴はベッドに四肢を繋がれて天井を見ていた
表情一つ変えずに瞬きも忘れて天井の一点を見ている
兄貴、、、
嬉しいのか悲しいのか分からない涙が兄貴の頬を伝うのが見えた
分かってるようですね
いやに落ち着き払ってる部下
それがヤツが興奮してる証拠だった
感情はあるのかもしれない
だとしたら噂はウソということになる
興味深い
お兄さんは身体を制御出来ずに暴走しては虚無に至るのを繰り返しているようにも見える
部下の言葉を信じたい
じゃあ涙はなんだ?
部下は首を一捻りしてから頷いた
ウミガメみたいなものかも?
ウミガメ?
産卵する際に涙を流すあれですよ
人間のセンチメンタルで語っていいのかどうか
とりあえず今はそういうものとして捉えておけばよいのでは?
キミがそれを言うかね
なんだって解明したがるのが人間だって言ったキミが
とりあえず今はと申し上げた通りです
先のことは先に任せましょう
とはいえ感情こそ生きてる証拠じゃないか
兄貴にもウミガメにも
そうであって欲しいです
言葉にしなくても伝わるものがある
そうであってくれと願うばかりです
とにかく今は洗剤と柔軟剤を続けましょう
経過観察していくしかない
そうだな
こんなこともあろうかと思って洗剤と柔軟剤多めに持って来ました
こんなに部下が頼もしいと感じたことはなかった
部下の視線は相変わらず兄貴に向けられたまま
それ以降どうだね売れ行きは?
はあ
全く芳(かんば)しくありません
そうか
まあそれも経過観察だな
はい
そう言うと部下はそそくさ帰り支度を始めた
ヤツらしいといえばヤツらしい
チートは難病認定されるどころか保険も適用されない
表沙汰に出来ない病です
我が家も大っぴらに出来ない肩身の狭い思いしてるよ
偏見や誤解が無くなるには認識と時間が必要になるでしょう
そうだな
兄貴が一役買ってくれるといいがな
その通りかと
大きな一歩かもしれません
症例があったとしても知ることが出来ない
実に厄介極まりない
だから燃えてるのか?
図星です
多分今後も漂白剤ことチートの件は闇から闇へと葬り去られるでしょう
そうなのか?
そういう力が働いているように思えます
闇深い話になりそうだな
ええ
だからってそれで済むとも思えない
敵の敵は味方だったり
案外一番怖いのは敵ではなく味方だったりしますからね
注意しながら先に任せるか
なるほどなぁ
よくよく考えてみると果たしてこれは病なのか?とも思えて仕方ないのですが
というと?
いつだったか言いましたが
悩むことで精神に支障をきたすことは病なのかと?
キミはそれを才能と言ったっけな?
はい
才能として捉えてみることも可能かと思ったんです
そのせいで失われた命もありますが
そのおかげで生まれた芸術なんてものもなくはないかと
芸術?
過去の遺産だな
現代では創造は悪とされているのをキミも分かっているだろ?
想像力を働かせるのは危険分子を生む源というアレですね
小学5年生で習いました
中には抑圧だ自由の迫害だと声高に叫ぶ者もいるようだが
実際は波風の立たぬ穏やかな毎日ではないか?
ヤツらはどこに行ったんだ?
ではなぜ人は病むのです?
そこだよキミ!
気にしているのはキミだけじゃあないんだ
花を見て綺麗だと思う気持ちはある
あるがそこまでだ
第2の矢を放つわけにはいかない
なぜでしょう?
それを言葉にしたり自分にはどう見えてるのかを絵にしたりするのが危険なんでしょうか?
過去にそのような事例が起きて大きな問題になったのをキミも知ってるだろ?
小学6年生の歴史の教科書に出てきます
言論統制ですね
ネット焚書坑儒というやつさ
人間丸洗い計画さ
はい
作って普及させておいて都合が悪くなると取り締まるのは大昔からの手ではあります
ですが、、
ああ
あのネット焚書坑儒は進化を百年止めたと言われている
ですね
あのまま自由を促進し表現の世界にもそれが多岐に渡っていたら
どんな世界が繰り広げられていたか、度々私は脳内で考えることがあります
そこまでで押し留めているんだな?
はい
さすがに言葉にも行動にも移していません
賢明な判断だ
キミは才能に乏しいと認めていたっけ?
そうです
良いのか悪いのか分かりませんけど
そうだな
自称鈍感だったな?
はい
才能があるということは
それだけ感受性の発達した繊細さがあるということも出来る
私にはそれが欠乏してるんです
それ故に物事を俯瞰視することに長けてるようにも見えるがない無いものねだりだな
そうかもしれません
その無いものねだりがあらぬ方へと向かわねば良いが
先程の芸術などという創造と想像ですね?
怖いんだよ
キミがいつのまにか我々の傍からいなくなるのが
分かるだろ?なにが言いたいか?
はい
現代を生きるとはそういうことですから
うん、宜しい
いったい我々はいつになったら満足するんでしょうね?
それが出来たらどれだけいいだろう?
でももし出来たなら我々ごと終わりはしないか?
はい可能性は大いにあります
だとしても限界を知らずに生きるのも辛い話です
キミは不思議だな
俯瞰して考える癖がある上そこまで分かるのに痛みをあまり感じないときている
そうでしょうか?
もしかしたらキミこそサトリではないのかね?
まさか
まさかのまさかだったりな
、、かもしれませんよ
まさかな
だったらどうします?
そうだなぁ
差し当たって兄貴をなんとかして貰うかな
多分大丈夫ですよ
だといいんだが
もしお兄様が回復して
話せるようになったら
どうか家族会議をしてみて下さい
家族会議?
一体なにがお兄様をチートに向かわせたのか話してみて欲しいんです
それも記録か?
そうとも言えますし
そうとも言えない気もします
どうした?
今だから言いますけど
私には妹がいました
いました?ってことは
はい
亡くなってます
それもチートで
なんだと!
私がチートにこだわる理由がこれで分かったと思います
なぜ妹はチートを選ばなくちゃいけなかったのか?
私たち家族には答えが出せないままです
そうだったのか
だから回復されたらでいいんです
お兄様が口を閉ざしたままなら仕方ないですが
そうでないなら話してみて下さい
ああ、、、分かった
分かったが、、、大丈夫か?
私ですか?
大丈夫じゃないですけど
大丈夫です
もっとダメージ貰うかと思ってたんですが
段々と死が近づいてる妹を見てたからでしょうか
案外すんなりと受け入れられました
そうか
家族には薄情と言われましたけどね
私だって悲しいんですけど
そう見えるのをいちいち否定しても
そっか
キミはホントにサトリかもしれんな
かもしれませんね
部下は不敵な笑みを浮かべると軽く頭を垂れて帰っていった
奇妙な沈黙と生温かい感触だけを残して
(続く)
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