風の吹くまま、気の向くままに 10 (自著『バックミラーの残影』から)
ご存知のとおり日本は、昭和の時代に太平洋戦争に負けて、全土が灰燼に帰しました。神代の時代から脈々と続いてきた日本的なものが無価値なものと否定されたのです。物も心も、汚泥のごとく沈殿し、その上に突然欧米の風俗や考え方が分厚い蓋となりました。価値観の転換。日本の物は悪くて、外来が良い、理屈抜きでそんな風潮となりました。
徹底的に破壊され、何もかも皆無となった日本で、心の問題はさておき、ただやみくもに復興に走ったのが当時の状況でした。生きるためにがむしゃらに働いたのです。日本的な道徳は軽んじられ、ただ権利だけが声高に主張され、謙譲の美徳は希薄になった感がします。
高度経済成長、所得倍増と物質的に豊かになっていく昭和が終わり、平成、令和と心の問題には触れぬまま今日に至っています。空しい心は満たされぬまま物理的環境だけが充溢する世の中です。
この物語では、そのような混迷、不確かな世を、恵まれぬ境遇の中、ただひたすらに上昇の心をもって挑んだ一人の男の顛末を記しています。高校を出て、就職し、結婚して子供が生まれ、家を建て、子育てが終わって、定年退職して、そんな人並みの人生行路の果てに何があったのでしょうか。
長い年月の末に老境で待っていたのは、妻の介護問題でした。車椅子生活の妻の暴言に辛い思いをしながら、これまで二人で築いた家族のきずなと追憶を支えにして、身体の続く限りは在宅介護を維持しようと決意するのでした。その時男は、結婚後の妻との人生は、明るい朝の到来を信じて、美しい夕焼けに向かって歩み続けたようなものだと思いました。
ともあれ、戦後の激動の復興期から一人の男が辿った平穏な家族の生活の果てに老後の運命が訪れたのです。施設か在宅かは重大な問題ですが、ここでは、とりあえず在宅に落ち着きました。
この小説が完結するにあたって、私が気になったことの一つは、物語の舞台となった時代の中でどれだけその実相、風潮を語りえたかという問題です。つまりは、時代の雰囲気ですが、作品の出来不出来は別にして、皆さまには感じ取っていただけたでしょうか。
いずれにしても作品の評価度は、皆さまの共感にかかっておりますので、スキをくださった方々には感謝の気持ちでいっぱいです。ありがとうございました。
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