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短篇小説集

4
ぽつりぽつりと書いてゆく小さな物語をここにまとめます
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#光

忘れじの波

忘れじの波

 ごめんね、聖夜。
 せっかく見つけたのに、こんなことになっちゃって。
 でも、ぼくはあの時、走らなきゃと、それしか頭になかった。
 走ったらどうなるかって、そういうあとさき、考えられなかった。
 ぼくずっと、まるで刺繡を裏地からのぞいてるみたいだったの。
 ばらばらな色の何百何千という糸がこんがらがって、なにがなんだか、わからなかったの。
 ものごとのつながりも境目もあいまいになって、あわ雪のよ

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俺はまばゆい庭を見た

俺はまばゆい庭を見た

俺の父は教師だった。
春樹という、いくらか頭の弱かったらしいかつての教え子から、鉛筆書きの年賀状が毎年届く。
父は三年前、急に旅立ってしまったが――
おととしもきたし、去年もきた。

先生
あけましておめでとう

はみだすほど大きな字で書いてある。
あとは、

にわの木にみかんをさしたら、めじろがきて食べました

とか、

青いながれ星においのりしました

とか。

先生ごきげんよう

それがいつ

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星をひろう

星をひろう

鏡に黒いビニールをはりました。

荒れはてた部屋をうつす鏡に、これはお前の心の中さと、冷たく言われた気がしたからです。

しめった万年床。ぬぎすてたくつ下。さめきったカップ麺。おまけにへしゃげたあきカンだらけ。

かたむきそうなアパートの一階で、昼も夜も、酔いどれたわたしの頭を過去が堂々めぐりします。

いがみあい、ののしりあい、ゆるせなかった男との生活は、怒りにかられた離婚への道のりでした。

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