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【ネタバレ有】音楽好きじゃない?『鑑識レコード倶楽部』のこと
レコード倶楽部に所属しているのに音楽好きじゃない、と非難されてしまった主人公はどんな奴なのか?と考えつつ『鑑識レコード倶楽部』について語ってます。
レコードつながりでヘッダー画像をお借りしました。この場をかりてお礼申し上げます。
この作品を読みました
マグナス・ミルズ 著 柴田元幸 訳, 鑑識レコード倶楽部, 2022, アルテスパブリッシング, (諸事情でkindle版を購入)
原題はThe Forensic Records Society, ハードカバー版が2017年に出版(amazon)。ちなみに、2017年は音楽配信サービスspotifyのサービス開始から数えて約9年にあたる。
あらすじ
おそらくは20世紀末以降の年明け、語り手である俺の言葉をきっかけに、10年来の友人ジェームズが鑑識レコード倶楽部を立ち上げたはいいものの、頑固なジェームズのおかげで、俺は調停に苦労する羽目になる。
そのうえ、バーメイドのアリスからは「あんたそもそも、音楽なんて好きじゃないじゃない」身に覚えのない非難を浴びせられ、会って一ヶ月もしないバリーからも「あんた、ほんとにレコード聴くの好きだよな」「まあ音楽が好きかどうかは、ぜんぜん別の話だけど」と、言われたりで、散々な目に遭う。
音楽についての小説なのか?
たぶん、音楽についての小説。
作中に登場する曲を作者本人がspotifyのプレイリストにまとめ上げている(邦訳の版元がリンクを紹介してくださっている)ので、音楽が主題だと、いってもいいだろう。音楽に興味がなかったら、作者もわざわざ作るまい。
集団にはつきものの対立や分裂を象徴する話、として読めるものの、本記事の筆者は、より文字通りの読み方をした。音楽をどのように聴くかを巡る争いのなかに、音楽とは何かというより根源的な問いが投げ込まれる話、という読み方をした。
本作の登場人物たちは、主としてギネスビールを飲む(他のも飲んでるのかもしれないが、銘柄名は出ない)。ギネスといえば竪琴が目印。ミルズの既訳長編二冊※でも、登場人物たちはよく飲むが、少なくともその二冊の中ではギネスは出てこない。
登場人物は竪琴が目印のビールを飲んでいて、作者直々のプレイリストもあるのだから、音楽についての小説という(文字に囚われすぎたような)読み方も的外れではない、のじゃなかろうか?
※『オリエント急行戦線異状なし』『フェンス』の二冊。Amazonマケプレでもプレミア価格なので、PR広告としてメルカリのアフィリエイト(マグナス・ミルズで検索した結果とMagnus Millsで検索した結果)を貼ってみます。
周囲の人物たちの音楽観
描写を拾ってみるに、俺(語り手)の周りの人間は、音楽という内容について一家言あるとはいえ、レコードという媒体には必ずしもこだわってないようにみえる。
といっても、登場人物は全員、CD、カセットテープ、MP3など他の媒体には一切言及してないから、こだわりが無いようであるのかもしれない。
さて、主だった登場人物の音楽観が表れている言動や行動を見ていくと、
ジェームズ
自宅にレコードコレクションがある。
音楽室もある。
ポータブルプレーヤーを3つ持っている。
俺いわく「公平な聴き手であって、むやみに余計な意見をいったりしない」
倶楽部発足の語られざる背景を想像した読みをしている方がいらっしゃって、敬服です(リンクこちら)。
ジョージ
もはやレコードは作られてないと思いこんでいた。
いくつもあるレコード倶楽部をとくに区別していない。
クリス
歌詞を引用して「歌のエッセンスを1行に凝縮」できる。
認識レコード倶楽部を立ち上げた。
マイク
曲の長さについて一家言ある。
「完璧なポピュラー・ソングはちょうど3分の長さだ」
バリー、デイヴ、ルパート
曲が終わるたびにコメントを求める新鑑識レコード倶楽部を立ち上げた。
おそらくは黙って聴くという鑑識派に賛同していない。
キース
最初は告白レコード倶楽部に参加するも、倶楽部の期待する告白ではなかったらしく入会を断られてしまう。
認識レコード倶楽部を立ち上げた。
アリス
ミュージシャン。
「人前に出るのが嫌いで、ライブをやりたがらない」
ジェームズいわくアリスは鑑識レコード倶楽部の面子について「みんな情緒的に遅れてると思ってる」らしい。
サンドラ
踊れるかどうかで音楽を評価する。
俺(語り手)の音楽観
周囲から見た俺(語り手)
周りの人間は俺(語り手)にさんざんなことを言っている。
「あんたそもそも、音楽なんて好きじゃないじゃない」(アリスの台詞)
「あんた、ほんとにレコード聴くの好きだよな」「まあ音楽が好きかどうかは、ぜんぜん別の話だけど」(バリーの台詞)
「お前、歌詞にそこまで興味もったことないよな」(ジェームズの台詞)
とはいえ、クリスが歌詞を引用するさまを俺はほめているので、10年来の友人とはいえジェームズの評価がどこまで正確なのかは怪しい。
並び順
語り手自身はどう思ってるかというと、自身が気づいてないだけで、レコードという媒体に関心が強いようだ。たとえば、
自宅のレコードコレクションを「厳密にABC順に」並べる。
明確な描写は無いのだが、おそらくは曲名をABC順に、エクセルみたいに並び替えるのだろう。ミュージシャン名のABC順であれば、作中にもっと人名が出るだろうから。つまり、語り手はジャンルで分類したり、リリース年で変遷をたどれるようにしたりしていない。ABC順による分類という、音楽の内容とは無関係な分類をしている。
レコードへの思い入れ
語り手はこんなこともしていた。
告白レコード倶楽部の者が、キースの留守中にコレクションを見ていったことについて「プライバシー侵害じゃないか」といい「なくなったレコード、あるのか」と聞く。
義憤といえば義憤だけど、傷に塩を塗り込んでるのでは?
また、語り手は音楽の聞き方について、否定的なことを述べることもある。例えば、告白レコード倶楽部について、
センチメンタルな、やたらすぐ泣く(中略ー語り手はここで具体的な曲名を挙げるー)曲を選ぶタイプにアピールするたぐいの倶楽部だろう。
特定のレコードを聴くと思い出す、自分の人生に関する何かものすごい鬱陶しい話を誰かれ構わず打ちあけるよう言われるのか。なんだかすごく病気っぽい感じがする
と、散々な語りをして、とうとう告白派について「こいつらにとってレコードは単なる小道具、付属品でしかない。レコード自体にはなんの内在的価値もないのだ」と断定する。
音楽といっても意味が通じる場面で、レコードと言うことからも、語り手の(自身は気づいてない)考えが浮かび上がってくるようだ。
とにかく語り手は、音楽という内容ではなくむしろ、レコードという媒体に執着してるフシがある。
「ギターのちょっとした技(中略)が溝の中に永遠に保存されてるっていう事実も好きだ」(ジェームズと告白の練習をしたときの台詞)
「悲しいことに、キースはこの究極のテストにパスしなかった」(キースがジョージに、苦労して手に入れたアリスのデモ盤を売り渡したことについての語り)
オーディオ機材への注目
ちなみに、語り手はレコードだけでなく、オーディオ(ワット数やスピーカーの数、スピーカーに対する椅子の位置)にも注目している。オーディオという再生手段に注目する人物は、音の大きさを気にしたジョージを除けば、語り手だけのはずだ。
語り手こそ調停役に適任だった?
音楽そのものへの関心が(レコードへの関心よりも)薄いとみなされている主人公だからこそ、音楽好きたちの調停役としてふさわしいのだろう。しかしながら、語り手本人は、自分があくまでも音楽好きだと思っている。
このように、『鑑識レコード倶楽部』には苦笑いが似合うユーモアがあって、音楽を聴くという行為がレコードという一形態に限定してさえ極めて複雑である、というメッセージのこもった作品だとも思う。