レコード
溝のなかで
あなたはまだ生きていて
あの頃よく歌ってくれたジャズのナンバーを
ちょっとだけよそ行きに歌っている
黒く磨かれたピアノの天板に
いつもあなたの横顔がゆれていて
そうしているのが癖だった
指先でくゆらせている煙草
その銘柄もしっかり覚えている
どこから と どこまで
その答えを見つけられないのが
円なのだと知っていたけれど
刻まれた溝はいつまでも
限りなく近い螺旋のまま
ふたつの端を握っている
けれどもそれはもう三十年も前のこと
歌声のあなたと同い年の私の息子が
いまではすっかりあなたに入れあげていて
あなたにあわせて口ずさみながら
擦りきれたジャケットに
丁寧にセロハンテープを貼りつけている
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あなたの心に、言の葉を揺らす優しい風が届きますように。光と戯れる言葉のきらめきがあふれますように。