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【読書note5/文芸】『スローシャッター』

本の佇まいに惹かれることがあります。
表紙のデザインや捲る頁の紙質、
使われている写真、文字の並び……
厚みや持った重みも全部含めた「佇まい」。

そういった、ことばにならない、
でも、「本」を成立させるには
たいせつな諸々が
丁寧に細やかに作られている本を目にすると
思わず手に取り、そのまま読み始めてしまう。

私にとっては、この『スローシャッター』が
そんな一冊でした。

■『スローシャッター』

■田所敦嗣著
■ひろのぶと株式会社
■2022年12月
■1800円+tax

読めば、旅に出たくなる。
人に、会いたくなる。

「ベトナム語でありがとうと言った気もするが、
あまり覚えていない。
ロアンと再会したニャチャンの夜を
僕はずっと忘れないだろう。」

アラスカ、チリ、ヨーロッパ、ベトナム……
世界各地を出張で訪れた田所敦嗣。
コロナ禍を経たいま、
仕事を通じて出会った人々との交流を切り取った
「旅」の本質を問う紀行エッセイ。

■声が聞こえる

もちろん、というのもナンですが
私は著者の田所さんを存じ上げません。
本書にあるお写真で
お姿は拝見するものの
どんな声で話される方なのか、は
まったく分からないのです。

でも、この本を読んでいると
なぜか「声が聞こえる」んです。

たまに、そういう本に出会います。

それがどういうときに
ポップアップするのか、
統計をとったことはないので
わかりかねますが。
それでも。
そうして、
本の持つ「声」が聞こえてきた本は
適度な心地良さを与えてくれ
また、読後感も大層良いのが常です。

本書は、最初のエピソードを読んだとき
その声がすぐに聞こえてきました。

それが、私が
アタマのなかで音読している
幻想の声だとは重々承知しつつ。
でも、その声がもたらす速度も抑揚も
私のものとはまったく異なっていて。

「あ、この本、いい」

読み続けるなかで、
その感覚に実体を与えながら
「本の声」を最初から最後まで
心地よく響かせたまま、読み終えたのでした。

■境界を溶かす

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