色なき風と月の雲 16 │360km
360km─宮河俊也
【宮河俊也目線のお話です。】
彼女─長与紗楽─とは、高校生のときに出会った。
綺麗で可愛いとか、愛嬌があるとか高校生にモテる要素があるわけではなったが、僕はいつの間にか独特の雰囲気がある彼女を目で追っていた。
恋に落ちたのはいつだったのだろう?
週に1回、選択科目で同じクラスになることがあった。色んなクラスから寄せ集められ、10人ほどで授業を受ける。
そこで受ける授業はとても退屈だったが、暇つぶしとして横の席で寝ている彼女を見つめるようになった。
筆箱を枕にし、完全に突っ伏している。窓際のその席で、柔らかそうな癖毛が風に煽られふわりと踊る。彼女が目を覚まし、─うーん、と伸びをしながら僕の方を見て笑った。
視力の悪い彼女はきっと僕の事は見えていないだろう。
眼鏡をかけ、授業を聞き始めたとおもったら、また船を漕ぎだした。
あの時にはもう、僕は君に夢中だった。
3年生になり、遂に同じクラスになったときは叫びそうになるのを抑えながら心の中でガッツポーズをした。
彼女の良さは他の奴には分からないだろう。でも僕は気づいてしまった。
彼女の魅力をみんなに共有したい自分と、僕だけの秘密にしたい自分が葛藤していた。
君の視線を独り占めしたい。だからこの恋心は友達にも秘密にしておいた。
いつも興味なさそうに授業を受けている彼女を眺める事が趣味になっていた。
授業中はほとんど寝ていて、当てられても
─わかりませーん
と気怠そうに言っているのに、定期試験ではいつも平均点以上。
更に体育の授業だけはなぜか楽しそうに笑って受けていて、どの競技をやっても上手で、汗でおでこに引っ付いた前髪すら愛おしく思えた。
女子なのに、女同士で群れたりせず一匹狼のようにいつもひとりだったり、部活には入らずいつも即帰宅していることなど、同じクラスになってから初めて知ることも多かった。
彼女は全く僕に興味なんて示さなかった。会話は必要最低限のみで、ただクラスメイトであるという関係でしかなかった。
受験なんかもあり、3年生はあっという間に終わってしまった。僕は相変わらず彼女のことを見つめるだけで、それだけで幸せだった。
迎えた卒業の日。
僕は勇気を振り絞り、帰ろうとする彼女に話しかけた。
「長与さん、卒業後どうするの?」
「東京に行くよ」
驚いたような表情をしながらも、ふふっと笑いながら答えてくれた。
何となく、そんな気はしていた。
受験勉強をしている素振りはなかったが、こんな田舎に居続けるタイプではない気がしていた。
だから僕も東京の有名大学を受けていたのに、結局は関西の大学にしか受からなかった。
今まではこんなに近くにいたのに、これから僕と彼女の距離は─360km
ばいばい─と言って去っていく彼女を見つめながら、気持ちを伝えなかったことに後悔する。でもやっぱり、勇気が出せなかった僕は見送ることしかできなかった。
大学に進学し、それなりに充実した日々を送っていた。
サークルやバイトに明け暮れ、何度か恋をして彼女のことなんて忘れかけていたのに
とあるものを見つけてしまった。
フリーペーパーに写る、笑顔で微笑んでいる女性。
そこに添えられている名前を見ると─美崎サラ─と書いてあった
名前が違ってもひと目見てすぐ彼女だと分かった。
─見つけた
そこから僕の物語が再び色付き始めた。
大学を卒業し、必死に掴んだ広告関係の職。
職権乱用かもしれないけれど、僕は彼女に仕事を振ったり少しでもサポートできるようになりたくて必死に働いた。
同期の中では割と早く出世し、現場に出向いて指示を出したりなど自由が利くようになってきた。
そんな時、上手いことキャスティングできたのが人気アイドルグループの和翔さんと、彼女。美崎サラ。
現場で彼女を見つけ、ドキドキする心を必死に鎮めながら、話しかけた。
少しくらいは覚えてくれていると思ったのに、彼女は何も覚えていないようでとてもショックだった。
申し訳無さそうに去っていく彼女を見て、僕の片思いは永遠に実りなさそうだなと悲しいけれど分かってしまった。
それから僕は、彼女への恋心は仕舞い込み、更に仕事へ打ち込んだ。彼女にはもっともっと頑張ってもらいたい。彼女の魅力を知ってもらいたい。それが僕の、今の夢であり目標になった。
オリジナルのフィクション小説です。
題名を「初めて書いた物語」から「色なき風と月の雲」に変更しました。
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