苦悩する時は、成長するチャンスを与えられたということ
今まで何も考えず、淡々とnoteを書き続けてきた。
特に「毎日note」を始めてからは、毎日毎日飽きもせず、頭の中にあるネタをセッセと文章に書き起こして、律儀にコツコツ発信してきた。
書くことは好きだし、毎日更新することは全然苦にならない。
どちらかといえば「趣味」で、ずっと続けてきた。
ところが・・・。
ところが・・・である。
連続投稿300日目を迎えた頃から、
「あれ・・・? 私、このままでいいの?」
・・・と思い始めてきた。
ここにきて、勢いに任せてゴイゴイ書いていた私の筆が(いや、指が・・・か)止まってしまったのだ。
そう、その場に立ち尽くしてしまった。
それは、ある日突然やってきた。
「自己満足」の枠内で、ボチボチ書いていた私の耳元で、
いやいや・・ちょっと待て!「自己満足」という生ぬるい湯加減の世界に浸ってまったり過ごすのもいいけど、そろそろ次のステップを目指したらどうだ?
・・・と天の声が聞こえた(ような気がした・汗)。
これは、もしかしたら「毎日note」を続けていると、ちょうど300日目あたりで聞こえてくる一種の幻聴なのかもしれない。ひょっとしたら、誰もが通る道なのか・・・?
それ以降、書こうと思うと、「上手く書く」ことを必要以上に意識してしまい、サラサラと言葉が出てこなくなった。
器用だと思っていた私は、いつのまにか不器用になっていた。何を書こうにも、ついぎこちなくなってしまう。
私は焦った。
◇◇◇
今の私は、「写真」や「つぶやき」で連投を何とか繋げながら、「書く」こと、そして「自分」と真正面から向き合っている。
今までは何も考えずスラスラと簡単に書けていたのに、いざ悩み始めたら、どんどん深みにはまって身動きが取れなくなっていった。
もがけばもがくほど、どんどん書けなくなる。
・・・そのうちに、「どう書けばいいか」も分からなくなってきた。
ヤバいぞ、ヤバいぞ・・・。かなりヤバい。
これが「沼にはまる」ということか?
底なし沼にはまって、全身ドロドロになりながら、私は、自分の『書く』についてじっと見つめ直している。
◇◇◇
でも、今回の「書く」に限らず、こういう葛藤と苦悩は、今までにも何回か私は体験してきた。
あれは、まだ若かった頃・・・。
学生時代、書道をやっていた時、他のライバル達と自分を比べてしまい、思うように作品が書けず、スランプに堕ちて相当苦しんだこと。
社会人になってすぐに、自分の授業の下手さと教師としての力量のなさに苦悩して、悔し涙を流したこと。
あの時は、苦しさを心の中に抱えたまま、その苦悩を一切表に出さず、むしろバネにして、毎日のノルマをこなすことに全力を注いだ。
「とにかく上手くなりたい」
「いい作品が描けるようになりたい」
「生徒から信頼される教師になりたい」
「いい授業ができる先生になりたい」
・・・目標はしっかり持つ。でも、この時点では、現実の自分は「目標」から大きくかけ離れているから、そんな自分が嫌で堪らなかった。
しかし、ここでは「目標に至らない自分」を、絶対に見捨てないことが大事。「未熟な自分」を決して責めることなく、しっかり抱えながら、コツコツ石を積むように努力するのだ。根気に根気に努力して、自分の石垣を築いていく・・・そんな感じだ。
その結果、積んだ石の量がある程度のラインにさしかかったところから、ようやく「目標の自分」に近づいてきたのを実感する。
ある時、ふわ~と自分が軽くなるのを感じるのだ。
ここまで至るのが大変だったけど、ある程度までいけば、そこからはどんどん楽しくなる。思うように動けるから、取り組むことが苦ではなくなる。
こうしてスランプを無事に脱していく。
スランプを抜けたときの、あの「長くて暗いトンネルの出口にようやく辿りついた」ような爽快感は、何度でも味わいたいくらい気持ちがいいものだ。
だから、また頑張れる。
◇◇◇
そんな経験があるから、今回の「もっと上手く書けるようになりたい」という欲も、自分を更に成長させるタイミングなんだろうな・・・と思う。次のステップに突き進むチャンスなんだろうなぁ・・・と。
人生、長く生きていると、今の自分の心の状態について「これは何を意味しているのか?」が、だいたい察しがつく。そう、年の功ってやつ。
今は、葛藤と苦悩が始まったところなので、正直つらくて苦しいけど、こういう時ほど、自分に対して「忍耐力」と「根気」が必要だとわかっている。また、これから長い目で自分自身と向き合わなくてはいけないから「持久力」も必須。
良い部分だけでなく、課題の部分も素直に受け止めていきたい。
でも、こんな気持ちになったのは、20代の頃以来かも。
noteでいろいろな人のエネルギーに触れたことで、刺激をいっぱい受けて、自分を更に成長させたい・・・という情熱が復活したみたいだ。
まだまだ未熟さがいっぱいの私。
改善できる余地がたくさんある私。
もっともっと変われる私。
いろんな自分になれる可能性を秘めた私。
だから、次の「なりたい自分」を目指していきたい・・・と思う。