いかにやなに

いかにやなに

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re:特別

特別は多分普遍的な形をしていると思う。苦しみも幸せも。自分の視点で、その世界が陰ったり輝いたりする。何で自分はこんなに不運なんだ、これ以上の幸せはない。どちらも瞬間のイメージに過ぎない。特別なものでもない。自分を卑下しすぎることも過信しすぎることもない。ただそれらの現象は自分自身ではなくある可能性の一端でしかなく。その可能性は普遍的だ。でも、その心の有り様は切実で尊いものでありかけがえのないものである。

    • エネルギーと矢印

      個人の意見なのかよく分からないが、なんらかの観念が社会の中で強い矢印を持っていて、それは私たちの考え願望に添うものであるとは必ずしも言えない。整形され出荷されるみたいに、その観念に寄生されているようにも思える。そこに自我はないそうも考えるが、そもそも自我とはなんだろうか?矢印の存在に気がついた!どうする?

      • そんなこと」

        今日の晩御飯、何を食べるか悩む。 好きな人の好いているものに合わせるかどうか悩む。 バスでお婆さんに席を譲るかどうか悩む。 卒業後、どの進路に進むか悩む。 自分を優先するか周りを優先するか悩む。 考えて考えてどんどん時間がなくなる。 どうするかはっきりしないような中途半端な答えが出る。 相手は怒る。 「どうしてそんなことができないんだ!ちゃんと考えたのか?」 僕は悲しくなる。 ごめんなさいと謝る。 僕はどうしてもそんな当たり前のことができない。 考えて

        • 局所的に神。先天的な体。楽観的に愛。

          自分の中でタバコの地位が下がる。 初めはおいしくておいしくてしょうがなかった。 バイトが終わった後の一本、飲み会の途中で外に出て吸う一本。 でも今はいつでも吸いたい時に吸える。 そのせいで、暇な時はいつもタバコを吸いに行ってしまう。 おいしいとかそんなことを考えずに、ただ空白を持て余している、てもちぶたさを埋めるために。 好きな子に関しても似たようなことが言えると思う。 最初は大好きで爆発しそうで、一緒にいるだけですごく尊い時間を過ごしている気がするけど、いざ付

          特別

          今になってやっと見え始めたもの、ずっと前から知っていたもの。 ずっと行きたかったところ、すでに行くことができたところ。 死んでも守りたかったもの、生きてないと意味がないということ。 全部全部その時は必死で、どれも切実で、尊くて、本当に本当というものがある気がして、本当が欲しくて。 苦しんで悩んで考えて後悔して今ここに惨めでも尊くて苦しくて楽しい今が在る。

          末っ子

          失恋をした。 蛙化現象?理由なんてどうでもいい。 とりあえず徹底的に自分の甘さを追求する。 付き合っている当時、どうでもいいことが頭を掠める。 ぬいぐるみを大事に扱わない人は人間も大切にしないだとか。 そんなことを考え、打破することなくなあなあとそれを基準として相手の行動をラベリングする。 思考停止も甚だしい。 このように自分の行動や言動やそれ以前を思い返してみると必ずといっていいほど自分に落ち度がある。 それを直すかどうかは別の話だが、このように自省すること

          好きと絶望と未来について①

          大好きな人の見ている世界を見てみたいと思う。 大好きな人と視点を共有したいと願う。 その人の行動、言動を追い自分でその皮を着てみる。 しかし、いまいちピンとこない。 たしかに、舞台の演者と観客のように能動的に行動する側(演じる側)とそれを消費する側(観客側)では同じ事実(厳密に言えばそれは違うが)を起点として受ける印象や心持ちも大きく異なる。 だから、僕が大好きな人の世界を見るためにその人の皮を着てみたところで僕は行為者の見ている世界には到達できない。 では、もっ

          好きと絶望と未来について①

          私的指摘ジャッジ②

          ○彼らあいつらの救済 向き合う対象・モノとの距離や角度が変わるだけでこんなにも心持ちや見え方が変わるのかと痛感する。 自分の運転に絶望して頭の中がもやもやしていた時もあったが、今はなんかすごく頭がすっきりしている。 この角度や距離の変え方を自分で調整できるようになればもっと生きやすくなる。 人生において暗い部分は誰しもが抱えているのかもしれない。 大事なのはそれをなくすことじゃなくてどう向き合っていくかなのかもしれない。 現実逃避をしつつ闇と向き合うことを避けなが

          私的指摘ジャッジ②

          私的指摘ジャッジ①

          ○彼らあいつらの存在 普段から考え事をすることが多い。 その内容は普段の生活で感じたこと、観た映画の内容、将来について、その日何をするかなど様々である。至極一般的だと思う。 しかし、その考え事の矛先が自分に向いた時、僕は停滞しベットの上から動くことができなくなる。 僕たち人間には肉体が与えられ、有限の時間が与えられる。 それらが全人類に平等に等しく分配されているかは定かではないが少なくとも僕たちは有限の中で生きている。 僕はベットの上で停滞している時、それら有限で

          私的指摘ジャッジ①

          如何にして何?

          精神世界に幽閉された自己を解放することを企てる。 今まで感覚に頼り切っていた身体状態を名前という形式を与えることで物質界と連結させる。 感覚に頼りきりで空転していた内面的な感覚を言語化することによって物質界と連結させ、それによって精神世界に風穴を開け、物質界と連結させる。 一旦、自分の身体をニュートラルまで戻す。 空腹時、脳からよだれが出る感覚があればいい。 また、自分の唾液が美味しい、甘いと感じる状態とも言えるかもしれない。(←この現象を言語化し物質界と連結させる

          如何にして何?

          メタモルフォーゼ

          大好きな人の見ている世界を見てみたいと思う。 大好きな人と視点を共有したいと願う。

          ¥100

          メタモルフォーゼ

          ¥100

          常識?

          自分の頭の中に形成されている常識の層のようなものが思考を邪魔している。今までの人生で形成されたそれは僕のことを縛り付け、思考を制限する。まるで、迷路の中に閉じ込められたように、ことある状況で一定の選択肢を取ることを強いられる。その際、多くの場合が自由意志が介在しなく、ただの時間切れにより選択肢が選ばれる。ひとまず2択を迫られたらどちらにしようかと悩み、それ以外の選択肢を考える時間はないといったような制限の結果である。こういった部分も今までの人生で築き上げてきた構造物の弊害かも

          感情の昂り陰りを言語という型に流して固める。

          河の流れが分岐するように感情を言語化しパッケージングすることで頭の中で起きている嵐に対応する。すごく人間的で理知的だと自画自賛する。外界は自分1人で対応しきれないことが多すぎる。情報量が多すぎる。考え過ぎて頭が痛くなる苦しくなる。そんな時は感情と言葉を繋いであげる。本を読む。自分の中の漠然としていて抽象的なものが形状を帯びる。目視できたら怖くない。不安や昂りの怖いところは目に見えないところ、形を捉えられていないところだと思います。であれば、形を与えればいい、目視できるようにす

          感情の昂り陰りを言語という型に流して固める。

          不死身の杉本

          何度殺しても何度殺しても復活する奴がいる。 自分の中で憎しみを何度も殺すが、また奴は復活する。 あの時のあの固有の感情なんか存在せず、感情はルーレットのように回転し、繰り返し、ループする。 僕の場合、憎たらしい憎しみばかりリスポーンし、優しさや慈悲の心は憎しみに押し負けて順番待ちをすることが多い。 感情の表出はおそらく一つずつで、どの感情が出てくるかは感情たちの単純な殴り合いだ。 まるで彼らが椅子取りゲームをしているかのようで、その中でも椅子取りゲームのゲーム性に理

          ハタチ、ユトリ、ets...

          タスクに追われ生に対して希望をなくす。空いている時間はたくさんあるはずなのにタスクを消化できない病気なのかもしれない。贅沢病?自分の人生に価値を見出せない。他人も頼ることができない(その人にはその人の人生がある)。自立していないガキの戯言かもしれないが、ガキからしたらその問題は人類存続の危機に等しく大きな問題である。 世間では大人たちが責任の押し付け合いをする。誰も責任を取ろうとしない(そりゃあそんなもんとりたくない)。だから、何か起きる前に責任の所在を明確にしたがる。そし

          ハタチ、ユトリ、ets...

          迷い森の中で

          真っ暗な森の中唯一灯りがついている大きな建物があった。その寺院のような建物の屋上がスタジアムの観戦席のようになっており多くの人が何かを待ち望んだ表情で席に座っている。僕は何故かそういった気分になれず、1人屋内に戻り、大広間に敷き詰められているある一つの布団に入った。すごく寒かった。時刻は分からない。すごく目が冴えた。すると、廊下からぽつぽつと足音が聞こえてきた。目をつぶって寝てるふりをしようとした。足音は徐々に近づいてきた。寒気がした。足音は止まることなく一歩一歩僕に近づいて

          迷い森の中で