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要約: 「呪われた部分」(ジョルジュ・バタイユ)Part 5: 自然の3つの奢侈
今回は自然の三つの奢侈を説明します。
第一目: 食
動物が居ないなら、植物は空いている地面を占めます。
植物は水と太陽の光で拡がるからです。
しかし、それは贅沢ではありません。
贅沢なのは動物が食べることです。
食物連鎖を見るとわかりやすいでしょう。
自然の目的はエネルギーの獲得ではなく、エネルギーの浪費です。
つまり、生物多様性では食とは奢侈であることの証拠です。
第二目: 死
これは理解しにくいと僕も思いますが、説明してみます。
これは第一目と前の記事での説明した圧力の第二目の効果(浪費あるいは奢侈)と繋がっています。
ある生物が死んだらまたは殺されたら、持っているエネルギーは食物連鎖のイメージが示しているようにほぼ失われます。
そして、新しい生物のための空間が産まれます。
第三目: 生殖
生殖は奢侈ではなく、必要なものだと思い込んでいるでしょう。
確かに、生殖しないとある種族が絶滅します。
しかし、個人的なレベルでは奢侈です。
なぜかというと、生殖には余剰エネルギーが必要です。
生殖するなら、その余剰エネルギーが自己投資されていないわけです。
具体例を挙げると、家庭を築かないほうがお金が貯められます。
子どもを育てるには時間とお金がかかります。
その時間とお金を自己投資したら、ビジネスを始めたり株に投資したりしてもっと裕福になれます。
また日本の少子化を考えると、問題は多くの人はそもそも余剰お金や時間がないということです。
余剰のお金や時間があるとしても、娯楽に浪費しがちです。