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[書評]感情をもたない少年が見る世界。韓国文学入門のすすめ

こんにちは。エディマートの恒川です。

音楽にドラマ、映画、グルメ、美容…。昨今、あらゆる分野でトレンドの中心にいる韓国。かくいう私も、エディマートきっての韓国好きです。

国内を席巻するブームの勢いはすさまじく、K-POPや韓流ドラマに続けと言わんばかりに、この数年で「韓国文学」=「K文学」にも注目が集まり、日本語で読める翻訳書籍が増えてきました。

そこで今回お届けする『エディマート読書部』のブックレビューは、ソン・ウォンピョン著『アーモンド』です。2017年に発表されるや否や韓国では40万部を突破し、世界13か国で翻訳版が発売。日本でも2020年本屋大賞の翻訳小説部門1位を獲得しました。

それから5年後には韓国でミリオンセラーとなり、累計130万部を記録した国民的な一冊。つい先日7月11日には、日本で新たに文庫版が発売されたばかりです。

韓国語がわからなくても、韓国カルチャーにあまり触れたことがなくても大丈夫。本好きならきっと刺さる、韓国文学デビューにおすすめしたい作品です。


書籍情報

アーモンド
著者:ソン・ウォンピョン
訳者:矢島暁子
出版社:祥伝社
発行:2019年7月

この本を手に取ったきっかけ

韓国語の学習に没頭していた大学時代。短期留学で韓国に滞在中、教材を買おうと書店に入ったときのことを今でも鮮明に思い出します。

韓国の書店では日本文学コーナーが当たり前のように広がっていて、日本の有名作家たちの作品が所狭しと並んでいました。そんな光景に嬉しくなると同時に、当時の日本では韓国文学コーナーを見たことがなかったゆえに、衝撃を受けたことを覚えています。

そんな韓国文学が日本でも親しまれるようになり、書店で見かけるように。嬉々として手に取ったのがこの本でした。私にとっても、韓国文学デビューの一冊です。

どんな本?

目を引く表紙に、無表情で佇むのは主人公のユンジェ。扁桃体(アーモンド)が小さく、人の感情や喜怒哀楽がわからないだけでなく、日常のあらゆる物事に込められた「意味」を理解できない少年です。

生まれてからたったの一度も笑うことなく、身のまわりの危険に対しても恐怖を抱くことのないユンジェに対して、母親は「普通」に生きていくための術を叩き込もうと奮闘。祖母と母親、ユンジェの3人で暮らす日常から物語は始まります。

ユンジェの母親は古本屋を営んでおり、ユンジェにとっての「本」という存在は、以下のように語られています。

本は、僕が行くことのできない場所に一瞬のうちに僕を連れていってくれた。会うことのできない人の告白を聞かせてくれ、見ることのできない人の人生を見せてくれた。僕が感じられない感情、経験できない事件が、本の中にはぎっしりと詰まっていた。

本書より

本は空間だらけだ。文字と文字の間も空いているし、行と行の間にも隙間がある。僕はその中に入っていって、座ったり、歩いたり、自分の思ったことを書くこともできる。意味がわからなくても関係ない。どのページでも、開けばとりあえず本を読む目的の半分は達成している。

本書より

ドラマや映画とは違った、本ならではの魅力。人がもつ感情や、言動に込められた意味に共感できなくても、「本」ならば自由に受け止めることができる。「普通」を求めて日々を過ごすユンジェにとって、大切な心の拠り所になっていたのだとわかります。

その後、ユンジェは身のまわりで起こる悲しい出来事を経て、自分と正反対な存在であるゴニという登場人物に出会うことで、徐々に変化していきます。独りぼっちになってしまった少年が、周りの人間との出会いを経て、成長していく姿を見届けることができます。

わたしの感想

この本を読んでいると、ふと考えることがあります。

「普通」とは何か?皆と同じように笑って、共感して、集団に溶け込むことが正しいのか?そして、他者の感情に心の底から共感することって本当にできるのだろうか…?

ユンジェは本書の中で、以下のように述べています。

遠ければ遠いでできることはないと言って背を向け、近ければ近いで恐怖と不安があまりにも大きいと言って誰も立ち上がらなかった。ほとんどの人が、感じても行動せず、共感すると言いながら簡単に忘れた。

本書より

この言葉を読むと、心をグサッと刺されるような感覚に陥りませんか?
感情をもたないユンジェという存在が発する言葉だからこそ、我々「普通」と呼ばれる人たちは、ハッとさせられるセリフなのではないでしょうか。

編集者として、一人の社会人として、さまざまな場面で他人とコミュニケーションを取る私たちも、「共感」すること「感じる」ことに対し、改めて見つめ直すべきだと考えさせられました。

作品の舞台となる国に違いはあれど、韓国社会ならではの空気感を楽しむこともできる反面、日本社会にも同じことが言える…と新たな気づきが得られることも、韓国文学のイチオシポイントです。

先述の通り、本書は今年7月に文庫版が発売されたばかり。より手軽に手に取ることができそうですね!一方で、韓国文学は装丁のクオリティも売りの一つ。韓国で発売されたオリジナルカバーをそのまま使うことが多いそうですよ。

また翻訳書籍ならではの楽しみ方として、作家はもちろん、お気に入りの翻訳者を見つけるのもおすすめ。翻訳する方によって、原文に込められた思いをどのように表現するか、日本語の選び方も変わってくるというわけです。

日本語版が次々に発売されている今こそ、私自身、韓国文学に触れる機会をどんどん増やしていきたいなと思います。

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