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各種資格試験のためのやさしい『憲法学Ⅰ』(憲法総論・人権総論編)

序章 憲法とはどのようなものか?

 本稿は、行政書士試験や公務員試験をはじめとする各種資格試験のための憲法テキストです。

 初学者の基礎固めや各種試験直前期の要点整理、大学での憲法講義のサブテキスト等としても最適です。

 またそのような資格試験の受験等のためではなく、日本に暮らす市民として、条文を眺めるだけでは見えてこない憲法解釈をより深く学んでみたいという方にとっても有意義な読み物となればと思っています。

 本稿は著者の長年の講義経験、市販テキスト執筆経験等に基づき、初学者もスムーズに読み進めることができ、やさしく学べるよう平易な表現を心がけました。

「各種資格試験のためのやさしい『憲法学』」シリーズⅠ~Ⅳの各巻がございます。他の巻につきましても本稿と併せて是非、有効にご活用頂けることを祈念しております。

 憲法は、誰しもが一度は学んだことがあると思われる法ですが、資格試験などに出題される憲法は、ただ条文だけを覚えればよいというものではありません。

 各種の資格試験などに出題される憲法はどのように学べばよいのでしょうか。

 憲法とは、国民の地位や国家の権力構造、組織等を定める国家の最高法規であり、また、国家・国民の生活のあり方を定める根本法です。

 そのような壮大な内容をテーマとする法でありながら、日本国憲法の条文数はわずか103条しかなく、それゆえに非常に抽象的な内容となっています。

 よって、その抽象的な条文の意味を明らかにしていく作業、すなわち憲法解釈が憲法を学ぶ上で最も重要となってきます。

 各種資格試験科目としての憲法学上、指針となる憲法解釈は、判例あるいは主要学説です。

(判例検索サイト)

 ゆえに、憲法の学習は、「条文を押さえる。」「判例を理解する。」「主要学説を理解する。」という順で学習する必要があります。

① 「憲法とは、濫用の危険が常にある国家の権力を抑制し、国民の権利・自由を守るための国家の根本法である。」という視点を常に意識しながら「条文」を学ぶことが大切です。

② 憲法「判例」の学習で重要となるのは、国家行為の憲法適合性を判断する違憲審査です。

 例えば、法令の違憲審査については、通常、当該法令の目的と手段の審査が行われ、その上で、憲法適合性が判断されます。

 試験科目としての憲法学上、各種の違憲審査基準を学ぶことがとりわけ重要となります。

③ 憲法は、国家・国民の生活のあり方を定める根本法であるがゆえに、その解釈の如何によって、国家生活・国民生活が大きく左右されることになります。

 それゆえ、憲法解釈を巡っての争いは、他の法解釈論争よりも激しいものがあります。

 代表的な「判例に対する学説からの批判」、「ある学説に対する他の学説からの批判」等の論理構造を理解していることが、昨今の資格試験では求められています。

 批判される論には、どのような問題点があり、批判する論はそれらの問題点をどのような理由により克服しようとしているのかという視点に立ち「主要学説」等を学習する必要があります。

 憲法は、個人の尊厳を確保するため人権を尊重するという目的の下にあります。

 かかる目的を達成するため、憲法は、権力を濫用し、人権侵害をするおそれが常にある国家権力を抑制しようとし、また全ての国家機関を拘束します。

 このような視点から条文を考察することが、憲法学習上重要であり、またこのような視点から条文を読むことによって、条文の暗記もしやすくなります。

 逆にこの視点によらずして、条文を読むと、憲法に対する誤解が生じ、正確な理解が困難となります。

 判例・主要学説を学習するにあたっては、どのような「必要性」からそのような論が述べられているのか、またその論はどのような理由から許容されるとしているのか(「許容性」)という点に着目しながら学習すると理解がしやすくなります。

 条文の暗記も重要ですが、単なる暗記ではなく、自分で考えるということが憲法の学習においてなによりも大事です。

 論理的法的思考力を身につけ、すでに法律専門職になったつもりで、あるいは日本に暮らす生活者の一人として、幸福を追求できうる環境が常に確保されるためには、どのようにすればいいのか等を考えながら、楽しみながら憲法学上の諸問題について学習しましょう。


第1章 憲法総論

1. 日本国憲法の基本原理を学ぶ

 まずは、憲法秩序の基礎である憲法の基本原理を学んでいきます。

 日本国憲法の基本原理は、憲法前文において宣言されている「国民主権」・「基本的人権の尊重」・「平和主義」の3大原理です。

 日本国憲法基本原理の根拠は、憲法前文にその趣旨が宣言されています。

 日本国憲法前文の全文を確認しておきましょう。

(法令は上記サイトより検索できます)

 以下、『』部分及び()部分は筆者が加筆したものです。

日本国憲法前文

「 日本国民は、正当に選挙された国会における代表者を通じて行動し、われらとわれらの子孫のために、諸国民との協和による成果と、わが国全土にわたつて『自由のもたらす恵沢を確保し(「基本的人権の尊重」を意味する)』、

政府の行為によつて再び『戦争の惨禍が起ることのないやうにすることを決意し(「平和主義」を意味する)』、

『ここに主権が国民に存することを宣言し(「国民主権」を意味する)』、この憲法を確定する。

 そもそも国政は、国民の厳粛な信託によるものであつて、その権威は国民に由来し、その権力は国民の代表者がこれを行使し、その福利は国民がこれを享受する。

 これは人類普遍の原理であり、この憲法は、かかる原理に基くものである(「国民主権原理」が人類普遍のものであると述べている)。

 われらは、これに反する一切の憲法、法令及び詔勅を排除する。

(以上を以下、日本国憲法前文1項という)

 日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであつて、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。

 われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ。

 われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。

(以上を以下、日本国憲法前文2項という。この部分は「平和主義」について詳細に述べている

 われらは、いづれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならないのであつて、政治道徳の法則は、普遍的なものであり、この法則に従ふことは、自国の主権を維持し、他国と対等関係に立たうとする各国の責務であると信ずる。

(以上を以下、日本国憲法前文3項という。この部分は「国際協調主義」について言及している

 日本国民は、国家の名誉にかけ、全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成することを誓ふ。(以上を日本国憲法前文4項という)」

 日本国憲法の基本原理である「国民主権」・「基本的人権の尊重」・「平和主義」の3大原理は、条文そのものに明確に規定されているわけではありませんが、憲法前文にその趣旨が宣言されており、それが当該原理の根拠とされています。

 日本国憲法前文1項に、「自由のもたらす恵沢を確保し」とありますが、この部分が基本的人権の尊重を表し、

また、同項に「戦争の惨禍が起ることのないようにすることを決意し」とありますが、この部分が平和主義を表します。

 続く部分に「ここに主権が国民に存することを宣言し」とありますが、この部分が国民主権を表しています。

 日本国憲法前文1項後段では、国民主権原理が人類普遍の原理であるとしています。

 また、日本国憲法前文2項では平和主義について詳細に述べ、同3項では国際協調主義について言及し、

同4項において、「日本国民は、国家の名誉にかけ、全力をあげてこの(憲法の)崇高な理想と目的を達成することを誓う。」としています。

 3大原理のうち、最も重視されるべきものは、目的たる「基本的人権の尊重」であると解されます。

 当該目的を達成するための手段として「国民主権」原理があると理解することができます。

 この両原理は、「個人の尊重」・「個人の尊厳の確保」という価値観に基づくものです。

 個人が尊重され、その尊厳が確保されるためには、当然の前提として「平和が保障」されていなければなりません。

 戦乱に明け暮れる世において、個人の尊重や個人の尊厳など望むべくもないからです。

 国民主権原理、基本的人権の尊重原理と異なり「平和主義」原理については、一国内で完結できうる問題ではないため、これを達成するため、憲法前文において、国際協調主義が謳われています。

 以上のように、憲法は、国際協調主義に基づく「平和主義」を前提とし、

国内民主主義に基づく「国民主権」を手段として、

目的である「基本的人権の尊重」、

ひいては憲法の価値観であり、

出発点である「個人の尊重」・「個人の尊厳の確保」を実現しようとしているわけです。

Q&A

Q. 日本国憲法基本原理の根拠とされる憲法前文には規範性があるのか?

A. 一般的な見解に基づけば、憲法前文も法規範性を有すると解されます。

Q. 憲法前文の法規範性とは?

A. 前文は、本文の条文と同様に憲法典を構成するものであり、改正する場合は、憲法改正手続が必要となり、また最高法規性(憲法98条)に基づき、他の法令等を拘束するという意味を表します。

Q. 憲法前文を内容の執行を、裁判所に求めることができるか?つまり、憲法前文には、(狭義の)裁判規範性があるか?

A. 憲法前文には、狭義の裁判規範性がないとするのが通説の立場です。前文の内容は、抽象的であり具体性を欠くからです。

 抽象的に表されている前文の内容は、本文条項において具体化されているため、間接的にそれらによって、前文の内容に関する救済が図られます。

 以上のように、前文は、本文条項の解釈基準として用いられることはあっても、具体的な裁判規範性は欠くと解するのが通常の立場です。

 なお、抽象的な内容であるフランス憲法前文に裁判規範性があることを根拠に、日本国憲法前文にも裁判規範性を認めるべきであるとする有力説もあります。 

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