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本の紹介・読書の記録

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記事一覧

「八月の御所グラウンド」で野球をしたのは誰か

直木賞受賞作ということで読んでみた,八月の御所グラウンドでの青春と怪談. 「夏の殺人的な蒸し暑さと、冬の無慈悲な底冷えの寒さを交互に経験することで、京都の若者は、刀鍛冶が鉄を真っ赤になるまで熱し、それを冷水に浸すが如く、好むと好まざるとにかかわらず、奇妙な切れ味を持った人間刀身へと鍛錬されていく。」 そんな灼熱の八月の京都で繰り広げられる,冴えない大学生の日常と非日常.面白い話だった.御所Gだけでなく,農学部グラウンド(農G)も登場する.五山送り火を建勲神社から眺めるとい

「深海世界」探検への情熱に引き込まれる

海は地球の表面積の約7割を占めているだけではない.人間の多くは海の表面か,せいぜい海の表層しか見ていないが,その下には深遠かつ広大な深海世界が存在する.近くにありながら,我々は宇宙ほどにも深海のことを知らない.生命力に溢れた,その深海の魅力に取り憑かれた人達の冒険物語が本書「深海世界 ー 海底1万メートルの帝国」だ.とても面白かった. 深海の定義は定まっていないようだが,およそ,太陽光が届かなくなる水深200メートルより深い海域を深海と呼ぶ.深海はさらに以下のように分類され

「リーダーになる人に知っておいてほしいこと」

年に数回はこの類いの本を読んで,自分の行動を振り返るのは必要なことだと思う.そうでないと,易きに流されるし,成長も望めない. 曾子のように,「吾日に吾が身を三省す. 人の為に謀りて忠ならざるか.朋友と交わりて信ならざるか.習わざるを伝えしかと」とまではいかなくとも. © 2024 Manabu KANO.

「百年の孤独」と乱痴気騒ぎ

とても長い話だった.ある町が誕生してから消え去るまでの百年史.そして,その町とともに栄えて滅びたブエンディア家の百年史.それぞれの孤独と乱痴気騒ぎ.乱痴気騒ぎと言えば,ゲーテの「ファウスト」を思い出すが,それとはまた随分と違う味わいだ. 物語の前半はなかなか興味が湧かず途中で読むのをやめようかと思ったほどだ.なにより,登場人物を識別するのが難しい.本書の冒頭に示されているブエンディア家の家系図がこれだ. 何世代にもわたって名前が同じとか,不親切にもほどがある. それでも

研究の面白さと辛さを感じられる「赤と青のガウン」

彬子女王殿下のオックスフォード大学留学記で,1年間の学部留学に加えて,大学院に進学して日本美術を専攻して博士号を授与されるまでの体験が描かれている.研究の楽しさと大変さが大いに感じられる体験記だ.是非,高校生や大学生に読んでほしいと切に思う. 宮家が海外留学すると護衛はどうなるのかとか,エリザベス女王にバッキンガム宮殿でのお茶に招かれたら服をどうするのかとか,とても興味深いエピソードが続く.これだけでも実も興味深く,読んでみる価値がある. しかし,本書「赤と青のガウン オ

「多様性の科学」で成否の鍵を知る

よく似た人ばかりが集まったところで,斬新な観点は生まれない.大きなイノベーションも生まれない.1+1が1.2くらいにしかならない.強く意識していないと自分の周りは自分に似た人ばかりになる.リアルな友人もそう.ツイッタランドのタイムラインもそう.まさに,類は友を呼ぶの通りだ.多様性を味方にするためには,意識して自分や組織の殻を破らないといけない.特に組織のマネジメントに関わるのであればそうだ. 本書「多様性の科学」は,具体的な事例や研究結果を挙げながら,多様性の重要性,そして

「最新 ウイスキーの科学」でまろやかさの秘密を知る

これまでにもウイスキーの本はいくつか読んできたが,これはレベルが違う.実に面白い.製麦,仕込み(糖化),発酵,蒸留,樽貯蔵のそれぞれについて,まさに科学的な知見を教えてくれる. 副題が「熟成の香味を生む驚きのプロセス」であることからわかるように,樽での熟成・貯蔵によっていかにしてウイスキー特有の香味が生まれるかに特に焦点を当てて,詳しく書かれている.とても勉強になる.まだ解明されていないことだらけだということもわかる.研究したいな. 「麦芽の科学」では,大麦の種子の断面図

過激派に分断される「アメリカは内戦に向かうのか」

分断を煽ることで支持者を得る.嘘や差別を悪いと思わない.そういう人物がいてもおかしくはないが,そういう人物が政治的権力を持つのは恐ろしい.アメリカは民主主義を標榜するが,トランプ政権の振る舞い,その後の連邦議事堂襲撃事件などで,民主主義の優等生と呼ぶには程遠い状態になった.あまりに酷い分断のために,アメリカは内戦状態に突入するのではないか. 世界を見渡せば,あちこちで内戦が起こっている.内戦はどのような条件で起こるのか.アメリカは内戦に向かうのか.内戦を回避する方法はあるの

ランセット委員会報告を読んで「科学的に正しい認知症予防講義」を受講する

認知症の中でも特に患者数が多く,これからの高齢化社会でますます増えると危惧されているアルツハイマー型認知症を取り上げ,その発症原因となるリスク因子を指摘するとともに,著者が開発した「とっとり方式認知症予防プログラム」で採用されている認知症予防方法を解説している. 現状,認知症を治療して元の状態に戻すことはできず,症状の進行を遅らせるのが精一杯である.このため,とにかく認知症にならないことが重要であり,そのための認知症予防を実践する必要がある.本書が取り上げているのは,治療で

「聖地サンティアゴへ、星の巡礼路を歩く」

サンティアゴ・デ・コンポステーラ(Santiago de Compostela)に行くことになった.9世紀に聖ヤコブ(スペイン名:サンティアゴ)の墓が発見されて以来,エルサレム,ローマと並ぶキリスト教三大聖地のひとつとされ,「サンティアゴ・デ・コンポステーラの巡礼路」の終着地でもある.ずっと行ってみたかったのだが,ようやく機会が訪れた.そんなわけで,巡礼路を歩くわけではないが,予習をかねて,本書「聖地サンティアゴへ、星の巡礼路を歩く」を読んでみた. 星の巡礼路とも呼ばれる「

熊爪の「ともぐい」

直木賞受賞作.北海道の山奥で一匹の忠実な犬と共に一人で暮らす猟師・熊爪の生き様を描く.狩って解体した獲物の肉や毛皮,それに山菜などを売るときだけ町に下りるが,他の人間との交流を厭い,商人・良輔とその近しい者とのみ関係を持つ.兎や鹿も狩るが,熊爪にとって特別な存在は熊だ. 冬眠しなかった穴持たずとの闘い,強い赤毛との闘い,みずからの負傷,露西亜との戦争に向かう社会の中で変わりゆく人々,陽子,それらのなかで生き方と死に方を決めていく熊爪. とても良かった.ともぐい. © 2

「成瀬は信じた道をいく」が面白い

めちゃくちゃ楽しい.面白い. 自由奔放そのもの.でも,「自由」を曲解して迷惑行為を平気でする下賤な輩とは違う.やりたいことをやるが,その方向性が愉快だし,人の役に立とうという想いが根底にある. 「成瀬は信じた道をいく」は,本屋大賞を受賞した「成瀬は天下を取りにいく」の続編で,舞台は滋賀県,というか大津市だが,滋賀県民でなくても楽しめる. まだ読んでいない人には,「成瀬は天下を取りにいく」から読むことを勧めたい.順番に読まないと,ゼゼカラの意味がわからないから. © 2

重度障害を持って生きる女性を描く「ハンチバック」

芥川賞受賞作ということで「ハンチバック」を読んだ.ハンチバックといえば,ディズニーの「ノートルダムの鐘」(The Hunchback of Notre Dame)を思い出す.いずれも容姿が取り上げられているわけだ. 本書は重度の障害を持つ女性が主人公の小説だが,著者の市川沙央氏も幼少期に難病の筋疾患先天性ミオパチーと診断されており,重度障害を持って生きている当事者である. 健常者として(あちこち悪いところはあるものの)ぼーっと生きている身として,考えさせられる内容だった.

「核融合エネルギーのきほん」を学ぶ

核融合には期待している.いつ実現するかはわからないけれども.再生可能エネルギーとして,太陽光や風力は既に利用されているが,日本国内の状況を見ると,ソーラーパネルによる自然破壊が横行しており,人間の愚かさしか感じない. 本書「核融合エネルギーのきほん」を読んで,核融合発電の実現に向けた現在の状況をおおよそ把握することができた. 核融合の実現に向けて,いくつもの方式が検討されている.トカマク,ヘリカル,レーザーなど.最も研究開発が進展しているのがトカマク方式で,核融合エネルギ