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過激派に分断される「アメリカは内戦に向かうのか」

分断を煽ることで支持者を得る.嘘や差別を悪いと思わない.そういう人物がいてもおかしくはないが,そういう人物が政治的権力を持つのは恐ろしい.アメリカは民主主義を標榜するが,トランプ政権の振る舞い,その後の連邦議事堂襲撃事件などで,民主主義の優等生と呼ぶには程遠い状態になった.あまりに酷い分断のために,アメリカは内戦状態に突入するのではないか.

世界を見渡せば,あちこちで内戦が起こっている.内戦はどのような条件で起こるのか.アメリカは内戦に向かうのか.内戦を回避する方法はあるのか.それらについて,カリフォルニア大学サン・ディエゴ校の政治学教授である著者が分析結果を述べたのが本書「アメリカは内戦に向かうのか」である.

アメリカは内戦に向かうのか
バーバラ・F・ウォルター,東洋経済新報社,2023

「フィナンシャル・タイムズ」「サンデー・タイムズ」「エスクァイア」などで2022年ベストブックに選ばれた話題作らしい.

著者によると,内戦リスクの最も高い国は,最貧国でも,不平等国でも,民族的宗教的に多様な国でも,抑圧度の高い国でもない.内戦リスクの最も高い国は,民主主義国家と専制国家の中間にある部分的民主主義国家(アノクラシー)である.専制から民主主義へ向かう途上で,あるいは民主主義が崩れる途上で,内戦リスクが高まる.アメリカは現に民主主義が崩れつつある.

だが,そもそも暴力による地域紛争はどのようにして起こるのか.どの地域であろうと,多くの人は暴力など望まず,平和に暮らしたいのではないのか.しかし,その多くの人を暴力に向かわせる契機がある.それが「格下げ」だと著者は指摘する.それまで権力の上位にあった人々が落ちこぼれていくとき,自ら当然としていた地位を失うとき,すなわち「格下げ」されるとき,暴力に走る傾向が一気に高まる.つまり,格下げが地域紛争の激化要因である.

このことは,近年のいくつもの地域紛争で立証される.正直,本書の前半は読んでいて気分が悪くなる内容だった.しかし,現実から目を逸らしてはいけない.そんなことをしていたら,我々の社会に憎悪を煽る過激主義者が忍び込み,社会を壊してしまう.本書はアメリカの話だが,日本も他人事ではない.

国家が民主的であるかどうかを100点満点で評価する方法がある.スウェーデンの研究機関V-Demの調査によると,西欧ではスペインが最も非民主的だったそうだ.民主主義国家として長期間にわたって高得点が続いてきた北欧だが,2010年以降非民主化が進み,スウェーデンは35も点数を下げた.そのような状況を踏まえて,V-Demは2020年に初めて「専制化警報」を発した.

2010年以降,世界的に民主主義の衰退が進む中で,逆に民主化が進んだのはアフリカ諸国である.この時期のアフリカは,世界で最もインターネット普及率が低かった.サハラ以南にFacebookやTwitterが進出したのは2015年からで,それ以降,民族間や宗教間の分断が加速した.実際,SNSに触れていれば,SNSが嘘をついて人々の分断を煽る道具として極めて利用価値が高いことがよくわかる.そこから簡単に暴動に結びつく.

世界の至る所に過激派は存在する.それぞれの主張は異なるが,過激派には彼らが準拠する聖典がある.例えばそれは,アルカイダならビンラディンによる「二聖モスクの地を占領するアメリカ人に対するジハード宣言」であり,ナチスならヒトラーによる「我が闘争」であり,リビアならカダフィによる「緑の書」である.ちなみに,カダフィの「緑の書」は毛沢東の「小紅書」のオマージュとされる.

そして,過激派の聖典と言えば,アメリカではピアースによる「ターナー日記」である.ターナー日記の著者はネオナチ団体設立者で,人種問題に発する憤怒から過激派活動家が連邦政府を打倒する物語であるターナー日記において,現実的に戦争はもはや回避不能であると説いている.連邦議事堂襲撃にもその影響が見られる.

希望を失った人間は弱い.現代社会はもはや救いようがなく,その終焉を早めなければならないという終末論的な信念,あるいは,新秩序を実現するためにこそ終焉を前倒しすべきとする考えを「加速主義」という.アメリカの過激派は加速主義的であり,極右と極左の共闘すらありえるとするテロリズム専門家もいる.

民主主義国家と専制国家の中間にある部分的民主主義国家(アノクラシー)において内戦リスクが高くなると指摘されているが,さらに世界銀行の調査結果によると,ある富裕な国がお粗末な政府しか持ちえなくなると内戦勃発リスクが著しく高まることが明らかになっている.アメリカは富裕国だが,引き続き経済が好調であっても,政府が無能化し腐敗が進めば,武力衝突が起きるリスクは跳ね上がる.これについては,日本も大いに心配すべきだろう.

国の統治の質を向上させなければならない.そのために重要なのは3つだと著者は述べている.
1)法の支配
2)言論の自由と説明責任
3)政府の能力
このいずれも日本では急激に悪化しているのではないか.権力者が法を捻じ曲げ,政府もマスコミも説明責任から逃れようとし,公務員は霞が関から逃げ出している.日本の統治の質が大きく下がれば,武力衝突リスクは上がる.

本書はアメリカの話ではあるが,日本も他人事ではない.そう思った.

目次
序章 今、内戦の時代が始まろうとしている
第1章 アノクラシー ― 魔の中間地帯
第2章 暴動の発火点
第3章 「格下げ」がもたらす悪夢
第4章 希望が死ぬとき
第5章 暴動増幅装置 ― SNSの罠
第6章 足元に忍び寄る不吉な影
第7章 内戦 ― 真実の姿
第8章 内戦を阻むために今なすべきこと

© 2024 Manabu KANO.

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