鈴木数寄(すずきかずき)

2000’。毎日掌編小説を書いています。(マガジン『一万編計画』にて) 感じたこと、考えたこともつらつらと。

鈴木数寄(すずきかずき)

2000’。毎日掌編小説を書いています。(マガジン『一万編計画』にて) 感じたこと、考えたこともつらつらと。

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本棚のない文学部学生。

 近年、活字離れがよく取り沙汰されるが、いち文学部生として少し考えたことをまとめたい。  読書を取り巻く現状として、近年よく叫ばれることではあるが、読書という行為自体に割かれる時間がほとんどないという点がある。(以下を参照)  さらに、一般的な文脈上で語られる“ 読書 ”とは、いわゆるビジネス書や自己啓発系の話題作を読む、ということを指していて、小説は含まれていないと感じている。書店の話題書のコーナーに小説が置かれていることはほとんどないし、芥川賞や直木賞が発表された時に

    • 灯台守。

      灯台がさす一筋の光が、降りしきる雪を照らしていた。暗闇。君の輪郭は辛うじて見えるが、ふっと消えてしまっても不思議では無いくらい虚ろな実像だ。吹き込む風は冷たく、マキビシを打ちつけられたみたいに頬が軋んでいる。 「意外と、頼りげがないね」 君は少し残念そうな声色で呟いた。 「あれだけでも、十分なんじゃないかな」 「蜃気楼に飲まれても?」 「灯台守と船頭の、それぞれの力量が試されるだけだよ」 僕は灯台守に思いを馳せていた。仮に灯台の光が消えたとして、灯台守に直すことは

      • 愉快犯Sの饗宴。

        犯行現場には短歌を残そう……あぁ、それは辞世の句にもなりうるだろう。でも、愉快犯には愉快犯なりの矜恃があるし、覚悟がある。だから、歌を残すことにはフェティッシュな悦楽がある。その歌で遊びを施す、ジョーカーを貫徹するか、あえて真面目な歌を詠む、ジョーカーの寂寞を吐露するのかは、君の愉快犯像に委ねる。さぁ、歌を残してみなさい。 さぁ、土に還ろうゆきちゃん。有機物。ゆきちゃん=有機物。 (Bang!) 可哀想な愉快犯だったね。でも、可愛いと俺は思うよ。君はSになれなかったけど

        • Another.

          人生を変えてしまうことは、それほど難しくない。場所を変え、過去を捨て、その上で多くを語らなければ、全く新しい人生に立ち変わる。そういう意味では、僕は何人分かの人生を(その切れ端だけなのかもしれないけれど)享受している。 その度に失う友人は、心の中で歳を取らせているから竹馬の友で在り続ける。僕は友人達を時々メモに起こして、その幻影をアップデートする。友人達は上手に歳を取り、僕の失踪を時々揶揄したりする。僕はそれを、酩酊の柔らかな微笑みで誤魔化す。そういう夜は宿命であり、必然だ

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        • 一万編計画
          1,388本
        • Handmade Stories
          4本

        記事

          彼干(ひがん)。

          乾涸びてしまった。 「もう駄目なのかな?」 水に浸しても戻らなかったし、もう手段が思いつかなかった。 「こうなる前なら、まだやりようはあったんだけど」 彼女はそれを聞くと、やるせなさを表明するみたいに溜息をついた。でも、彼女自身もすでに理解していたと思う。溶けた脳みそを元の姿に成形しても、溶けたことで失われた記憶や考えが戻るわけではない。しかも、そういうハリボテな修復さえも、彼に施すことはもうできないのだ。  「……」     僕は彼女に原因を尋ねようとしたけれど、

          恐竜代行。

          恐竜代行を頼んだら、本当にティラノサウルスが来た。ティラノサウルスの中では小ぶりなんだろうけど、目の前にしたら象くらい大きい。うっかり食べられちゃうかと思ったら、流暢に言葉を話し始めた。 「お車はどちらですか?」 「……白のプリウス」 ティラノサウルスはにっこりと口角を上げて頬笑んだ。 「良いですね。僕達よりずっと燃費が良くて、小回りも利く」 ティラノサウルスは律儀に手袋をはめて、僕のプリウスをひょいと持ち上げた。 「さぁ、乗ってください」 ティラノサウルスは尻

          ラブレター。

          宛先のないラブレターを毎晩書いていた。それは、日記のような儀礼だった。僕は毎晩、特定の誰かに向ける訳ではなく、自分の愛情そのものを描く文章をあてどなく書き連ねていた。何度推敲しても、それは完璧なラブレターには程遠かった。完璧な文章が存在しないと言ったのは、ピカソの愛人だったっけ? ラブレターをラブレターたらしめるものさえ、僕にはまだ分からない。使い古された比喩や表現は陳腐でしかないし、グロテスクな内情を吐露したものは吐瀉物にすらなり得ない反吐だ。重力が絶え間なく変化する空間

          バッドエンド・ロール。

          幸福はゼロサムゲームだ。誰かの幸せは誰かの不幸せの上に成り立っていて、その関係性を断ち切ることは決してできない。もしその関係性を超越できれば、その存在は神に等しいんだろうけど、いないということはやはり神様はいないんだろう。 そのことをずっと憂いてきた。幸せを踏みしめても、その下には屍がその腕を伸ばしてきていて、僕の足首を掴もうとしている。逆も然り。僕の苦しみを、愉悦して蹂躙する勝者がいる。人の幸せも、その背後の敗者を思うと素直に祝福ができない。そういう風に思っていた。 で

          バッドエンド・ロール。

          煙と心臓。

          水煙草の炭替えは、僕の性的嗜好を満たす行為の一つだった。 「……失礼いたします」 泥酔で眠る客の水煙草でも、僕は定刻の炭替えを欠かさない。 「いらないよ」 小声で囃す常連客に、僕は上品に微笑みを向ける。これは、コケティッシュな儀礼なのだ。目の前にいる客の、脈打つ心臓を僕が司っているのだ。 時々、僕はその敬虔な定刻を揺さぶって愉しむ。早めれば、客は生き急ぐ官僚のようにふかす回数が増える。遅めれば、都会に捨てられた飼い猫のように不安気な表情を浮かべる。この空間で、炭は客

          絶望のミナ。

          ミナは今日も、その絶望とは裏腹な夢を見ている。 ミナとの不倫は、いつも喜びの仮装をしていた。 「……またね」 僕は扉の前でいつも言葉を失って、ありふれた捨て台詞を吐いてしまう。 「うん、またね」 後から振り返ると、ミナの笑顔はいつも薄幸だ。それなのに、どうしてその瞬間はいつも喜びに満ち溢れていると捉えてしまうのだろうか。 ミナは独りだと、絶望に振り回される傀儡になる。会っている時の表情と、会っていない時の傍若な振る舞いとを、僕は上手く結び付けることができない。でも

          ノマドソウル。

          魂は彼女を求めていた。だから行ってしまった。僕は肉体を遠ざけるべきでなかったのだ。魂も大事にできなくて、いったい何を大事に出来るだろう?もぬけの殻となった頭では、もう考えることはできないけれども。 日常は簡単に摩耗できる。習慣の累積で肉体は自走する。魂の不在は一人称的な問題に過ぎなくて、生活をこなすことはそこまで難しくない。ただそこに儚く存在していた、僕の魅力みたいなものが損なわれただけだ。しかし、それはもう些末な感傷さえ僕に与えない。僕はただ、行ってしまった魂を妬むことし

          幸せのカバ。

          神様はカバが気に入った。 「願いをひとつ、言うがいい」 脳みそに直接語りかけられても、そのカバは落ち着き払ってた。神様は気が短いので、無言をつらぬくカバに痺れを切らした。 「おい、願いをひとつ言うがいい」   しかし、カバは返答をしなかった。優雅に泳ぐカバに、神様は苛立ちを隠せなかった。  「おい、早く言いやがれ」 神様は意地悪に、カバを瞬間移動させた。高速道路、線路、キラウエアのてっぺん、ありとあらゆる場所に移動させカバを揺さぶった。しかし、カバの安寧は乱れなか

          詩人は空で朽ちる。

          空に詩を置いてきた。 照明が穏やかに落とされた機内で、私は一編の詩を認めた。それは、何度か視線がぶつかったCAに宛てたものかもしれないし、叶わない恋に拘泥する自分に宛てたものかもしれない。しかし、私にそのベクトルを知る由はない。詩というものは、言葉という唯一の交流手段を通してあちらからやってくるものだからだ。その先にいるのが、神なのか妖怪なのか、まだ言語化もされていない何かなのか、私に知る由はない。私は何も知らない、傀儡な書記に過ぎないのだ。   「ご気分が優れませんか?

          人魚が溺れる。

          あなたは私に形あるものをくれなかった。一度だけ、事も無げにそれを伝えたことがある。彼はロダンの理想みたいに親指を顎に添えて(私はその表情が何よりも好きだった)、その後すぐに頬笑んで刹那の熟考を誤魔化した。 「物だけが残ってしまうことが、不安なんだ」 彼の考える優しさはとても歪だけど、誠実に磨かれたその不可能図形は美しかった。私はその図形の不確かさに、脳が溶け出してしまう感覚が好きだった。 「僕が不本意に……例えば急に死んでしまった時に、物だけが残ってしまうと、君は苦しん

          If.

          煙を吐けば君を思い出してしまう。 ウイスキーを見つめている。グラスの中身が何であろうと、状況が変わる訳では無い。仮に気まぐれなオーダーの振りかざし先がワイルドターキーであろうが、シーバスリーガルであろうが、それは瑣末な違いさえ持たない。今目の前にあるカリラ12年は、そういう含みをもった首肯をしている。僕はそれを見てもなお、堂々巡りのIfに耽溺している。蜘蛛の巣で生を希求する小さな蛾のように。 この恋は映画にならない。継ぎ接ぎをしてしまえば、それは一幕さえの尺を満たせない。

          トンネル。

          トンネルの空洞に肉体が爆ぜる音が響いた。急ブレーキと並行に車内には慣性の法則が働いたが、乗客は疎らに座っていたので転ぶものはいなかった。彼女の飲みかけのお茶が転がったけれど、蓋はマンホールのようにきつく締めていたので無事だった。 「何かしら」 「事故?」 車掌は動揺を取り繕って、状況を説明する。アナウンスは、間違った時間が流れる車内の針を巻き直す指だ。 「ただいま……線路にいたカモシカと衝突をいたしました。列車の安全を確認いたしますので、今しばらくお待ちください」