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秋の魚は、刀をそっと振るう
いつもより少し家への帰宅が遅くなった日。
ただ、空腹でクタクタになって頭の思考も止まる。今私はいったい何が食べたいのだろうと思いながら、家の帰路の途中にあるスーパーに立ち寄る。閉店間際だったせいか、人の姿もまばらだった。なんとはなしに、魚エリアへと足を運ぶ。
並んでいたのは、サンマたち。三尾並んでパックの中に綺麗に収まっていた。その姿を見て、あ、私が食べたいのは彼らだなと悟った。値段を見ると、450円くらい。と思ったら、なんと閉店バーゲンセールで150円。思わず嬉しくなった。
昨今のサンマ不漁の影響により値段が高騰しているという話は聞いていたが、こんなに安く食べられるなんて。迷うことなく私は三尾のサンマを手に取った。早く食べてくれ、と彼らは私に問いかけているような気がする。まあ疲れているから幻聴だろう。もしかしたらよもや体を震わせてその鋭い刀を振おうとしているのかもしれない。くわばらくわばら。
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家に一応魚用のグリルはあるのだが、洗う手間が面倒でいまだに一度も使っていない。道具は使わないと能力が落ちていくという話を聞くが、果たして大丈夫だろうか。
ベタだが、塩焼きにすることにした。キッチンペーパーの上にサンマを乗せて、軽く塩を振る。そのままフライパンの上でじゅうっと焼く。香ばしい匂いが漂ってくる。ああ、なんて芳醇な匂いなのだろう。
焼いているうちに昔の記憶が蘇ってきて、そういえばコロナが流行する前に目黒でサンマ祭りなるものがやっていたなぁということを思い出すのである。今じゃ信じられないけれど、朝早いうちから何万人という人たちが集まって、ひたすら3時間も4時間も並ぶのだ。千葉にある某テーマパークのアトラクションに並ぶのとは訳が違う。
たった一尾の、サンマのために。
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辺りは広い道路を埋め尽くすほどの人で溢れかえっていた。並ぶ人たちの顔は、光に当たって眩い。こんなにもサンマが好きな人たちがたくさんいるとは思わなかった。ようやく数時間待った末に、だんだん自分の番が近づいてくる。その途中、サンマたちが今か今かと焼かれている姿が目に映るのである。
あの時の高揚感はなんて言ったらいいのだろう。無料で食べられることもあって、場は活況。どこからか、カップルの笑い声が聞こえてくる。当然ながら一尾だけでは腹は膨れない。でも、きっとそんなの関係ないのかなと思った。空腹だけど、きっと美味しいものが食べられるという期待感が膨れ上がっていく。
実はこのサンマ祭りの日、私がフィルムデビューした日だった。うまく使い方がよくわからなくて感光(※一瞬カメラ内部に光が当たってしまう現象。その部分だけ赤っぽくなるか、当てすぎると白くなってしまいます)してしまった。でも、今見てみると何となく奥ゆかしさがあって私は割と好きなんだ。
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日常にはものが溢れかえっている。
今更ながら、そうした当たり前のことって日本以外の世界中では当たり前ではないんだということに気がつく。今もなお私たちがこうしてゆるりと過ごしている間にも、毎日が不安で不安で眠れない人たちがいて。彼らに対して、私は何ができるのかなと思ってしまう。今またオミクロン株という名の新種のコロナが出始めて、しばらくはまたパニックに陥るかもしれない。
たった一尾のサンマのために、何時間もかけて並ぶ。それって普通に考えたら少し異常なことなのかもしれない。と思いつつ、そうした時間をかけて食べられることの有り難さみたいなものが「食べること」の真の美味しさにつながってるのかなと思ったりする。さらに言うと、大切な人たちがそばにいて、その美味しさを共有できることでその思いはさらに助長されるのかもしれない。
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老若男女のスタッフたちが必死にゴツいゴーグルをかけて、みんな汗水垂らしながら必死にサンマを焼いている。彼らは数時間かけて並んだ人たちに対して丁寧にサンマを手渡していく。
母親に手を引かれて、数時間歩きっぱなしで疲れた女の子は半ベソだった。でも、サンマを手渡されてぴたりと泣き止む。彼女の顔は、いかにも好奇心が掻き立てられると言った顔だった。お母さんは、愛しい娘に対して「これ、美味しいよ」と言って微笑みかける。それが何とも美しい。
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みんなが満ち足りて、平和で、穏やかな生活を過ごせればいいのにね。昔侍の人たちが刀を持っていた時代の頃に思いを馳せる。すぐ近くに人を切れる武器を持っているって、不安じゃなかったのかな。今私は、刀の代わりにペンを携えてつらつらと今日の日記を書いている。
今日も、たおやかな1日だった。明日もきっと、良い日のはずだ。
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昨夜食べたサンマの香りを思い出して、愉悦に浸る。
【お知らせ】
現在、yuca.さんと一緒に12月15日まで『秋を奏でる芸術祭』を開催しております。気がつけば、もう冬への衣替えは着々と進んでおりますが、もう少し秋の余韻を感じたいよーという方はぜひご参加いただけますと嬉しいです。
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