自身の価値観や審美眼のようなものを言語化しておく

昨日につづき今日もNewsPicksの記事から。

自分は「何がスキなのか」を知る

年金受給年齢を自由に選択できるように設計し、長く働くインセンティブを組み込むとなると、一人一人が自分の人生戦略や、健康を維持する方法を考えていかなくてはいけない時代になりますね。
小泉 一人一人が戦略を、というと難しいと思いますけれど、自分が何者なのか「Who are you?」が問われる時代になります。
だから自分が何が好きなのか、ということを理解することは、すごく大事だと思います。だって、自分が何が好きなのかということがわかれば、別に今の企業にしがみつくこともないですよね。

会社の寿命やサービスライフサイクルが年々短くなっている一方で、人生100年時代ともいわれているこの時代を生き抜くには、小泉氏の言うように「自分は何がスキなのか」を知ることがとても大切なのだと思う。ある種、それが人生設計の重要な指針となるのではないだろうか。

これまでは平均的な人材になることにメリットがあった。一方で今後はそれらとは真逆ともいえるような発想・考え方が求められていくように思う。だからこそ、これまでのやり方が身体に沁みついてしまっている人には、なかなかアジャストしずらい時代になっているのではないだろうか。(それはつまり「自分が何が好きなのかがわからない」という現象が起こるということを指している。こうやって言葉にするととても不思議だけれど。。)

自分の価値観や審美眼のようなものを言語化する

じゃあどうすれば良いか、という話なのだけど僕は「自分の価値観や審美眼のようなものを言語化する習慣を持つこと」が何よりも大切なように思う。

そう考えると、noteは自分の価値観を言語化するツールとして、とても適しているのではないだろうか。僕は毎日noteを書いているけれど、やっていて一番良いと感じるのがまさに「自分の価値観や審美眼のようなものが言語化されること」だと思っている。

いつもなんとなく頭の中で考えていることは、とっさに言葉として出てこなかったりする。それはつまり、言語化されていないということなのだと思う。当たり前の話だけど、言語化されていなければ意思決定を求められるような重要な局面で、自分の意見を話すことはできない。これはとてもこわいことだ。

もちろん合議的に決めるべきテーマについては「誰が言うか」というよりは「何を言うか」がとても大切。でも論理を超えた議題(例えばビジョンだったりコンセプトだったり)に関して話をしなければいけない場合、自分の価値観や審美眼のようなものを言語化しておくことがとても大切だと思う。

そのためにも普段から準備しておくこと、論理を超えた言葉を獲得する努力が求められるのではないか、と考えた。



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ダッチ
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