祝詞〜運の命ずるままに〜(終)
「巫女様・・・巫女様」
私を呼ぶ声がする。
私は、ゆっくりと目を覚ます。
黒い帷に淡い星が無数に浮かんでいる。
青い草の匂いが鼻腔を擽り、木々の騒めきが耳を打つ。
私は、ゆっくりと身体を起こす。
そして周りを見渡す。
そこは暗い森の中であった。
木々の隙間から月と星が覗き込み、草のひんやりとした感覚が身体を伝う。
そして私の目の前には真っ二つに咲かれた巨大な大木が立っていた。
大木を締めていたであろう荒縄が地面に落ち、切断面から黒い樹液が流れ落ちている。
「どうやら現実でもうまくいったようですね」
左手から声がする。
ずっしりと重く、固い感触が伝わる。
私は、左手を持ち上げる。
左手に握られているのは刀であった。
三日月のように反り上がった銀色に輝く冷たい刃を携えた刀。
「あの魔物の罠に嵌って眠ってしまった時はどうしようかと思いましたが、うまく行きましたね」
刀は、無機質に私の頭に直接語りかけてくる。
あの時と同じ声色なのにそこには何の温もりもなかった。
「あの状況を打破出来たのは奇跡ですね」
奇跡・・・奇跡・・・運・・・。
「これもあいつの・・・運の筋書きの通りだと言うの?」
「それは分かりません」
刀は、答える。
「しかし、それで僕達が助けられたと言うのならそれはまさに彼の方の御心のままと言うことなのでしょう?」
私は、じっと刀を見る。
「随分とあいつを庇うのね」
私の言葉に刀は、黙り込む。
私は、冷たい刃に触れる。
「貴方をこんな姿にしたのはあいつだって言うのに」
私は、自分の心の奥に熱がたぎるのを感じた。今、あの白い空間にいたら紅蓮の炎に焼かれていたことだろう。
「されたのではありません。僕は運に命じられたのです。貴方の神刀になるように・・・」
私は、目を細めて刀を見る。
どんなに見つめても、穴を穿つほどに睨んでも冷たい刃の奥にあの優しい笑顔を見つけることが出来なかった。
「・・・久しぶりにあの時の貴方に会えて嬉しかったわ」
「・・・私も嬉しかったです」
そう呟いた刀の声に小さな温もりを感じた。
私は、刃をぎゅっと胸に抱きしめる。
「切れてしまいますよ」
「構いはしないわ」
そう切れたって構わない。
運の命令なんて知ったことか。
でも・・・。
「今日だけは運命に感謝するわ」
だってあの時の、大好きな貴方に会えたのですもの。
月が沈む。
森の奥から太陽が昇ってくる。
私は、かつて最も愛しい人であった刀の冷たい温もりを感じながらそっと目を閉じた。
必ず、貴方を元に戻すと誓った。
それが運の命令に背くことであったとしても。
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