マガジンのカバー画像

ジャノメ食堂へようこそ❗️

40
運営しているクリエイター

2024年4月の記事一覧

ジャノメ食堂へようこそ!第4話 雲を喰む(10)

ジャノメ食堂へようこそ!第4話 雲を喰む(10)

 アケは、湯気上がる雲呑スープを入れた椀をテーブルの上に置く。
 男の月のような黄金の双眸が置かれた椀をじっと見る。
「これが・・その料理か?」
「はいっ」
 アケは、頷き、小さく笑みを浮かべる。
 ぬりかべを見送った翌日の朝、男はやってきた。
 アケは、驚かなかった。
 何故か男がやってくる。そう思っていたから。
 そして男がやってきたら出そうと料理を準備していたから。
 出来立ての料理を。
 

もっとみる
ジャノメ食堂へようこそ!第4話 雲を喰む(9)

ジャノメ食堂へようこそ!第4話 雲を喰む(9)

 そう言ってアケが差し出したもの。
 それは澄んだ出汁に浮かんだ白い雲であった。
 ぬりかべの蛍のような目が、口が、顔が、全身が震える。
「雲呑です」
 アケは、小さく微笑む。
「冷めないうちにどうぞ」
 アケは、雲呑をお盆ごと差し出す。
 ぬりかべは、ほとんど反射的に受け取るとその場に音を上げて座り込む。
 雲だ。
 雲がここにある。
 目の前で美味そうに出汁の上に浮かんでる。
 ぬりかべの蛍の

もっとみる
ジャノメ食堂へようこそ!第4話 雲を喰む(8)

ジャノメ食堂へようこそ!第4話 雲を喰む(8)

 濃厚な香りが草原中を駆け巡り、オモチの鼻と胃袋を刺激し、涎が溢れ出る。
 お湯の煮込む音が虫の囀りのように心地良く、香りと共に漂う熱が肌を優しく温める。
 アケは、アズキの背中に置いた大鍋をゆっくりゆっくりかき混ぜる。中のものが崩れないように火加減し、味が染み込むように丁寧に。
 アズキは、自分の背中から舞い降りてくる香りに酔いしれて幸せそうな顔をしている。
 食欲とは縁がない家精ですら窓から料

もっとみる
ジャノメ食堂へようこそ!第4話 雲を喰む(7)

ジャノメ食堂へようこそ!第4話 雲を喰む(7)

 ジャノメ食堂から離れた所にある小高い丘にぬりかべは、鎮座していた。
 微動だにしないその姿は本当に岩のよう。
 ただ、蛍の光のような二つの目が彼が生きていることを示していた。
 彼は、三日月の浮かぶ夜空に漂う雲を見た。
 月明かりに映され、朧のように現実味なく心をざわつかせる雲。その美しさで言ったら夜の雲の方が上かもしれない。
 しかし、ぬりかべは朝の雲の方が好きだった。
 朝の光に照らされ、力

もっとみる
ジャノメ食堂へようこそ!第4話 雲を喰む(6)

ジャノメ食堂へようこそ!第4話 雲を喰む(6)

 アケとオモチが戻るとウグイスが大絶叫で大説教した。
 死んだ魔蝗に受けた背中の傷はアケが思っていた以上に酷いものだったようだ。
 アケ自身、痛いなとは思っていたが小麦を採ること、持ち帰ることに夢中だったので痛みなんて置き去りにしていた。改めて確認すると着物は裂かれ、茜色が濃い赤に染まり、皮膚が裂け、肉が見えていたらしい。
 オモチもまさかそこまでの傷とは思ってなかったらしくウグイスと一緒に確認し

もっとみる
ジャノメ食堂へようこそ!第4話 雲を喰む(5)

ジャノメ食堂へようこそ!第4話 雲を喰む(5)

「ジャノメ!」
 オモチは、叫ぶも魔蝗からの攻撃に追いかけることが出来ない。
 アケは、木の根の外に出ると魔蝗の群れに攻撃を受ける木の根を見て「ごめん!」と言って駆け出す。
 小麦は、ほんの数分の間に殆どが食い荒らされていた。
 種子は散らばり、葉は千切れ、茎は踏み潰されている。
 アケは、どこかに無事な小麦がないかを探す。
 蛇の目を動かし、唯一の恩恵とも言える視力で草の隙間を覗くように探す。

もっとみる
ジャノメ食堂へようこそ!第4話 雲を喰む(4)

ジャノメ食堂へようこそ!第4話 雲を喰む(4)

(綿毛に乗るってこう言う気持ちなのかな?)
 オモチの大きな背に乗りながらアケはそんなことを考えていた。
 一蹴で家を三軒飛び越えるくらいの飛躍をしてるのにまるで衝撃が無い。むしろ毛の中に埋もれるとお湯に足を落とすみたいに心地良い。匂いは獣臭に近いが臭くはなく、むしろ心を落ち着かせ、揺れは眠気を誘うようだ。
「もうすぐ着くよ」
 頭の上から子どものような声が聞こえる。
「出発する時も言ったけど決し

もっとみる
ジャノメ食堂へようこそ!第4話 雲を喰む(3)

ジャノメ食堂へようこそ!第4話 雲を喰む(3)

「また、残り物しかなくて」
 アケは、申し訳なさそうに言いながら男の前に料理を並べる。
 テーブルに並べられたのは眠るアズキの背中で温め直した岩魚の焼きおにぎり、汁物、そして鳩の甘辛焼きにクロモジ茶だ。
 初めて彼が来た時に比べれば食事と呼ぶに相応しいものだがそれでも引け目を感じてしまう。
 しかし、彼は黄金の双眸でじっと目の前に並べられた料理を見て「美味そうだ」と答えた。
 その言葉にアケは幾分

もっとみる