頑張り続けたら何か良い事がある
かもしれない。もちろんないかもしれない。そしてもし良い事があったとしても、いつ、どれくらいの確率でどんなものが来るかはわからない。しかし頑張り続けることで「良い事がある」確率をあげることはできる。
頑張り続ける
良いことは起きないかもしれないが、何かを頑張り続けることで得られるものは結構貴重だ。何かを頑張った体験がある人ならわかるだろう。
一回何かを頑張り続けたことがあると、その時の達成感や充実感、その結果で得られた今までよりも上のステージを知っている。だから「大変だけどまた頑張ろう」という気持ちが湧いてきたりもするのだ。
燃え尽きてしまうほどの頑張り
燃えつき後の再起はかなり大変なので、燃え尽き手前の頑張りを勧める。これのコントロールは難しいが、大怪我をしない程度の燃え尽きまでを何回か経験して、それで自分の限界を知るしか方法を知らない。
例えば、いろいろ限界近くまで飲酒して、自分のアルコールの強さを把握し飲酒量をコントロールするようになるのと似ている。
頑張りの方向性が目的と合っているか
これが不一致だと、望む結果はでないし、頑張りが不毛に終わる可能性が高い。これならいくら頑張っても報われなくて当然だ。
したがって、頑張りを継続している最中は「常に指針は合っているか、斜め上になっていないか」を常に確認していないと、後で自分が泣くことになる。
良い事がくる確率が変わる
「頑張り続ける/続けない」で、良い事がくる確率/可能性がかなり変わるのだと思う。ここでいう良い事とは、運ともラッキーとも言い換えることができる。
ラッキーの確率を自分で変えられるというのは素敵でないだろうか。出来る事と出来ないことがある中で、「頑張り続ける」ことで「ラッキーの確率をあげる」ことは出来る事である。
期待しない
人や物事に期待しない。良い事を期待しない。
期待しないから、心がフラットで冷静に事を進めることができる。期待するから期待以外の結果になると心が動揺する。そもそも期待通りに物事なんて進まないことは多いのだから。
まとめ
とりあえず頑張ってみる。「頑張り続けることで得られるためのもの」と「ラッキーの確率をあげる」ために。